長年、日本料理の老舗「なだ万」で働いてきた螻(けら)大介さんと夏子さん。お二人が働いた帝国ホテル内の「なだ万」は、とくに格式高い店舗として知られ、これまで数々の賓客をおもてなしし続けてきました。そんな二人が2024年2月、住み慣れた場所を離れ、新たな地で一歩を踏み出しました。なぜ、二人は小松を選んだのか? 仕事と暮らしを通して感じた小松の魅力を余すところなく語っていただきました。
photo:Miyuki Yamada、text:Emi Yamamoto
石川県小松市
北陸の玄関口、小松市。その魅力は豊かな自然と歴史ある文化だけではありません。小松空港は、金沢や福井など主要都市へのアクセスも便利。また、2024年に開業した北陸新幹線小松駅は、東京からの直通便も運行され、ビジネスはもちろん、観光客にとっても小松市への旅がより身近になりました。旅の起点として、また新たな目的地として注目を集めています。
なぜ、小松市に移住したのですか?
ともに新卒で日本料理の老舗「なだ万」に入社した螻大介さんと夏子さんご夫妻。東京の帝国ホテル内の店舗で働いていた二人は、結婚後、大阪へと勤務地を移し新たな生活をスタートさせました。そんな中、二人の人生に大きな転機が訪れます。かつて帝国ホテル内の店舗で先輩としてお世話になった、小松市の料亭「梶助」の女将から一緒に働かないかという誘いを受けたのです。
20年という長い間「なだ万」で多くのことを学び、経験を積んできた大介さんにとって、それは簡単に決断できることではありませんでした。しかし、コロナ禍の影響や会社の状況の変化などを考慮し、新しい挑戦をすることを決意します。「信頼している女将や社長に誘っていただき、また一緒に働けることが本当にうれしいですね」と語る大介さん。2024年、螻夫妻は大阪を離れ、小松へと移住しました。
小松市に暮らす人たちの印象や街の印象は?
新たな勤務地となる「梶助」の近くに居を構えた螻さんご夫妻。小松での生活も半年が過ぎた頃から、徐々に地域のことが見えてきたと言います。「小松に住んでまだ1年ですが、地域の行事がたくさんあって驚きました。夏祭りなど、伝統文化を大切にされている方が多いように感じます。皆さんあたたかくて、すぐに打ち解けられました。大阪でもそうでしたが、やはり人と人との繋がりが大切なんだなと改めて実感しました」と夏子さん。一方、大介さんも「小松は近隣都市へのアクセスも便利。先日行った富山県の黒部ダムは本当に感動しました。石川県は焼き物なども有名ですし、これから小松をはじめ地域の魅力を少しずつ探求していくのが楽しみです」と笑顔を見せます。
暮らす前のイメージと、実際に住んでみたギャップはありますか?
小松での暮らしにすっかり馴染んだ螻さんご夫妻ですが、当初は「雪」と「車」という二つの点が気掛かりでした。「雪国での生活は初めてだったので、雪かきや雪道の運転が心配でした。雪道の運転は慣れるまで時間がかかりそうなので、早めにスタッドレスタイヤに交換して安全運転を心がけたいと思います」と、大介さん。夏子さんは、「小松での生活では車が必須のため、引っ越してすぐに車を購入しました。運転に慣れるまで少し緊張しましたが、いまでは、週末には美術館に行ったりおいしいお店を探したりと、車がある生活を楽しんでいます」と話してくれました。
帝国ホテルから老舗和食料理店で働くことになり、仕事内容は変わりましたか?
以前は、帝国ホテルの「なだ万」で宴会を担当していた大介さんですが、現在は、より身近な形でお客様と接する機会が増えたと言います。「お客様とのエピソードで、とくに印象に残っているのは電話対応での出来事です。小松では予約する際、町の屋号みたいなものをお名前の前につけて話すんです。例えば、梶助だと「大和町の梶です」というように。最初はお名前で混乱することもありましたが、お客様とのやり取りを通じて、少しずつ関係が深まっていくので、それが面白いですね」。
一方、接客業にブランクがあったという夏子さんが印象に残っているのは、お客様から教えてもらう地域の文化や伝統だと話します。「九谷焼のことや、地元の食文化について、お客様からいろいろなことを教えてもらっています。皆さん本当に親切で、地域に溶け込むためのアドバイスをたくさんしてくださって感謝しています」。
小松に移住したことで、お仕事に対する心境に変化はありましたか?
「お客様一人ひとりに誠実に対応することは、以前から大切にしていることです。ただ、小松への愛着は日ごとに深まっていると感じます」と話すのは大介さん。嬉しそうに指さす先には北陸新幹線のイラストが刺繍されたネクタイが。「実は、新幹線が開通した際に、新幹線をモチーフにしたストライプ柄のネクタイを見つけて、一目惚れしたんです。小松の新しい魅力を表現しているようで気に入って、ここぞという時の勝負ネクタイとして愛用しています」と微笑みます。お客様との会話のキッカケにもなるネクタイには、小松愛が確かに詰まっていました。
石川県の形がデザインされています
ここで、取材の様子を見ていた「梶助」の料理長兼代表取締役社長である梶 太郎さんと、女将のあい子さんに、螻さんご夫妻をスカウトした経緯についてお話を伺いました。
螻さんご夫妻のどのような点にひかれて、小松へと誘ったのでしょうか?
「声をかけたのは、お店としても拡大を考えている時期でした。設備や配送の準備などのハード面は整っていたのですが、人材やサービス面での強化が必要だと感じていたんです。お二人とも以前からよく知っている間柄でしたし、もしこちらに来ていただけることになれば、非常に心強いなと感じました。実際、その話が決まったときは本当に新しい展望が開ける思いがしました」(太郎さん)。
小松での螻さんご夫妻の様子は?
夏子さんと女将のあい子さんは、前職でもとくに仲がよい先輩後輩関係で、昔から一緒に出かけたり、多忙な日々の中で数々の苦難を共に乗り越えたりしてきた仲だそう。「いまでも四人で一緒に食事に出かけることもあります。その際には、小松の地元のお店を案内したり、いろいろなスポットを紹介しています。お二人が小松での暮らしを楽しんでくれているのは、とてもうれしいですね」とあい子さんは語ります。
小松の伝統と文化について、感じることをお聞かせください。
小松市は、生活しやすいだけでなく、豊かな伝統文化に触れることができる魅力的な場所。世界的に有名な九谷焼をはじめ、伝統工芸に触れる機会が豊富なのも魅力の一つです。先日、九谷焼美術館を訪れ、その歴史と技術の深さに感動したという夏子さん。「梶助では、九谷焼の人間国宝・三代徳田八十吉さんのお皿を料理に使用することもあります。伝統工芸に携わるお客様と話す機会も多く、お客様から直接、伝統工芸の素晴らしさや奥深さを教えていただくことは、なかなかできない貴重な経験です」と語ります。小松市は「ものづくり」の精神が深く根付いた街。世界に誇る建設機械メーカー、コマツ製作所の本拠地としても知られています。古きよき伝統と、未来を切り開く最先端技術が共鳴する、魅力に満ちた街並みが広がっています。
小松の伝統と文化を感じるおすすめのスポットを教えてください。
小松には大人も楽しめる、伝統と文化を感じるスポットが満載。螻さんのおすすめは「安宅の関」と「こまつ曳山交流館 みよっさ」です。「これまで埼玉や大阪など海のない場所に住んでいたのですが、小松は海が近くてとても新鮮に感じます。安宅の関を訪れるなら、ぜひ立ち寄りたいのが『安宅の関こまつ勧進帳の里』内にある「ATAKA CAFE」です。雄大な日本海を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごせますよ。また、「みよっさ」では実際の曳山が展示されていて迫力満点です」。
安宅の関
源義経と武蔵坊弁慶の伝説が色濃く残る歴史の舞台「安宅の関」。1187年、兄・頼朝から逃れて奥州へと向かう義経が、この地を通過した際に起こった出来事が歌舞伎「勧進帳」や能「安宅」の演目として知られ、いまもなお人々の心を魅了し続けています。静寂な松林に囲まれた関所跡は、石川県指定の史跡として保護されており、歴史ロマンあふれる散策を楽しめます。歌人・与謝野晶子の歌碑もあり、歴史好きにとって魅力的な場所です。
こまつ曳山交流館みよっさ
「こまつ曳山交流館 みよっさ」は、地域に根ざした伝統文化を五感で楽しめる施設です。お旅まつりの主役である曳山が2基常設展示され、その迫力ある姿は圧巻です。歌舞伎風メイク体験や三味線体験など、さまざまな体験プログラムが充実。日本の伝統文化をより深く知ることができます。館名の「みよっさ」は小松の方言で「~してみようよ」という意味。気軽に小松の伝統文化に触れることができるスポットとして海外の観光客からも人気があります。