映画監督/中江裕司
2002年に公開されヒットを記録した『ホテル・ハイビスカス』をはじめ、映画やテレビドラマ、ドキュメンタリーなどさまざまな映像作品の監督を務める中江裕司さん。新作映画の『土を喰らう十二ヵ月』のロケ地である白馬村の魅力や、畑を開墾したエピソード、登場する料理などについて語ってくださいました。
古民家から見えた
北アルプスの絶景にほれました
白馬
「白馬の周辺は
素敵な日帰り温泉が
たくさんありました」
作品のロケ地として白馬を選んだ理由を教えてください
この作品は雪がないと成立しないと考えたので、雪を確認するために冬にロケハンを行いました。長野市なども候補に上がってはいたのですが、万が一暖冬で雪がないという事態を避けたかったので、だんだんと北上していき、そのなかで、白馬に廃村があるということを聞きました。除雪されていない道を行けるところまで車で進んで、その先はひざまで雪に埋まりながら歩いて、なんとか村までたどり着きました。そこで見た古民家がとてもきれいで、作品の中でも十分使えそうだなと。しばらくしたら雲が晴れて、古民家の後ろのほうに、北アルプスの景色がバーッと広がっていったんです。その時に、作品の主役であるツトムは、この景色を見るためにここに移り住んだんだろうなと物語が動き出しましたね。本当にきれいで、私自身もこの北アルプスの景色にほれました。
作品のために畑を開墾されたそうですが、いかがでしたか?
撮影の半年くらい前に、スタッフといっしょに家の前の畑を開墾していったのですが、土を掘り起こすと、丸石が出てくるんです。丸石というのは河原にある石で、この廃村から近くの河原まで歩くと1時間くらいかかりますが、昔の人は小屋を建てる時の地固めをするため、時間をかけて河原から運んできたのだと思います。開墾は、大変ではあったのですが、河原から石を運ぶ昔の人の苦労を考えたらまだ楽だよななんて思ってましたね。
また、家の上の方にお堂があるので、撮影が始まる前にお参りさせていただきました。お堂の壁に仏画というか、殴り書きで仏様が描いてあったので、村の方に聞いてみたんです。その方は村の子孫で昔の事をよくご存じだったのですが、戦争が終わった後に放浪していたたくさんの人をお寺に住まわせていたそうなんです。彼らがお寺の手伝いなどをして、出ていく時にお礼の意味を込めて描いていったのではないかと教えてくれました。その村や、日本という国の中で脈々と紡がれていく歴史を実感して、この作品にも通じる部分もあり、身が引き締まる思いでした。
撮影期間を白馬で過ごされてみていかがでしたか?
1年7ヵ月撮影していましたが、白馬にいた時は、毎日空を見ていました。空は季節ごとに違いますし、毎日見てもまったく違う。とにかく、白馬の空と北アルプスはとてもきれいで、昔ここに住んでいた人もこんな風に空を見ていたのかなと豊かな気持ちで撮影に臨んでいました。撮影に関しては、エキストラとして地元の方に出演していただきました。台本も、地元の言葉に直してもらったので、この地の文化にも触れることができましたし、その姿を見て、自分がいる場所や文化を大切にしていかなければならないなと思いました。
撮影以外で印象的な出来事はありますか?
撮影中は忙しすぎて何もできなかったのですが、ロケハンの後などによく近くの温泉に行きました。最初は小谷の方の温泉に行っていたのですが、地元の方に白馬にも日帰り温泉があると教えてもらって、夜に温泉好きのカメラマンと行きましたね。そこは、にごり湯でほどよい温かさなので、長湯ができる。ポカポカ温まりながら、カメラマンと撮り方などの話を延々としていて、この作品はそこの温泉ででき上がったんじゃないかというくらい、いろいろな話をしました。結局、大事なことは打合せよりも、だらっとした時間で決まることが多いです(笑)。
白馬ってどんなところ?
東京から北陸新幹線と特急バスを乗り継ぎ、約2時間。長野県の県庁所在地である長野市に隣接する白馬村。日本アルプスの山間部に位置することから、夏はハイキングやトレッキング、冬はスキーやスノーボードなども楽しめます。
白馬村は、長野県の北西部に位置し、富山県や新潟県と隣接しています。西側は標高2900メートル前後の山々が連なる後立山連峰、東側には1500メートル前後の小谷山地に囲まれた雄大な自然が魅力。白馬村の名前は、白馬連峰の白馬岳に由来。その由来となった白馬岳は、雪解けで露出した岩の姿が“代馬(しろうま)”に似ていることから名付けられたとされています。日本アルプスなどと日本の風習を世界中に伝えた、イギリス人宣教師で登山家でもあったウォルター・ウェストンが、1884年に白馬山に登頂。それ以来、日本人だけでなく海外からも多くの登山家が訪れる、日本有数の国際マウンテンリゾートとして、100年以上の歴史を重ねてきました。また、たくさんの雪が降る特別豪雪地帯でもあり、大正時代から白馬山麓でスキーが楽しまれるように。そして、1952年のリフトの設置とともに、スキーやスノーボードなどのウィンタースポーツが楽しめる場所としても全国的に知られるようになりました。特に国内最大規模を誇る八方尾根スキー場は国内外から多くの人が訪れる人気のスキー場です。
夏でもそこまで気温が高くならないため、避暑地としても多くの人が訪れ、登山やスキーを中心にした観光業が白馬村の産業のメインとなっています。また、上質な雪が楽しめることから、国内だけでなく海外からも白馬村でウィンタースポーツを楽しむ人が訪れ、白馬村を気に入って定住する外国の方もいるほど。観光名所も多く、1998年の長野オリンピックで、八方尾根スキー場がアルペンスキーの会場、白馬ジャンプ競技場がジャンプ競技の会場として使用されていたことから、今も多くの人が訪れます。標高2060メートルにあり、水面に白馬連峰を映すきれいな風景が楽しめる八方池や、北アルプスが目の前にそびえる圧巻の景色が楽しめる大出の吊り橋といったスポットもあるほか、白馬八方温泉をはじめとしたさまざまな温泉などもあり、白馬村の美しい自然にひかれて定住する人もいるほどです。
“喰う”ことは“生きる”こと、
“愛する”ことにつながっていく
水上勉さんのエッセイ「土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―」を映像化しようと思ったきっかけはどういったところだったのでしょうか?
もともとは現実逃避だったんです(笑)。そのころ、『盆唄』という作品の編集をしていて、200時間を超える膨大な映像がありとても大変な作業になっていました。その息抜きで行った書店で出会ったのが水上勉さんの「土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―」だった。そして、『盆唄』の編集作業に詰まったら、この本を読むということをしているうちに、だんだんと内容にのめり込んでしまいました。
内容としては、エッセイなのでストーリーというものはほとんどない。でもその中に、水上さんの人生や、この本を書いている時の物語が妄想としてふくらんできました。その妄想をもとに原案を書き、プロデューサーに提出したら、面白そうということで、とんとん拍子に映画化まで進んでいきました。
本作の主演は沢田研二さん。キャスティングしたポイントを教えてください。
ツトムに一番必要なものは、色気だと思っていました。色気があって60代後半の役を演じられる方と考えた時に、沢田研二さんが真っ先に思い浮かびました。沢田さんには独特のたたずまいを持つ作家という役に慣れてもらうために、真っ先に万年筆を渡しました。沢田さんは演じるというよりは、役を自分の方に引き寄せるタイプの役者。演技をしないで、自然体で役を演じるということができるのが、役者としての沢田さんの大きな魅力だと思います。
松たか子さんが演じる真知子の存在によって、ストーリーにとても人間味が感じられました。
映画という娯楽に落とし込むには、軸となるストーリーが必要だと思っていました。エッセイでは明言されていませんが、この作品で言う真知子のような存在も感じていたので、それをもとにツトムと真知子の関係性を軸にしてストーリーを展開させました。
また、料理をすることや、畑を耕すこと、山に行って山菜やきのこを採ることというのは、すべて“喰う”ことにつながります。“喰う”ことは“生きる”ことにつながり、生きている以上、誰かを“愛する”。そして生きる先には“死”がある。そのような人間としての姿を、ツトムと真知子を通して描いたのがこの作品です。映画は観客によって完成されるものだと思うので、映像では描かれていない部分をどのように想像して、感じてもらえるのかは楽しみです。
料理に関して、料理研究家の土井善晴さんが初めて映画に関わっていらっしゃいますが、どのようなお話をされたのでしょうか?
ツトムが作る料理に関しては、自分のために作っているのだから、料理人のような手さばきはいらないよねと。男の不器用ながらもていねいに作っている手もきれいなものだよという言葉に、私もそのとおりだなと思いました。また、土井さんは、食材への愛情は野菜をどのように扱うかに表れるので、この作品では料理を食べるシーンはそんなに必要ないのではと。本作では、食べること以上に、畑から野菜をとってきたり、泥を落とすために洗ったり、下ごしらえをするなど、料理を作るそれまでの過程に重きを置いて撮影しました。土井さんにとっては、野菜が役者。野菜が一番きれいに見えるタイミングを教えてくださった。土井さんの存在はとても大きかったですし、この作品の哲学をいっしょに作り上げたと思っています。
「土を喰らう十二ヵ月」
長野の山荘で暮らす作家のツトム。山に入り山菜やきのこを採り、畑で育てた野菜を自分で調理し、季節の移り変わりを感じながら、生活する日々を送っていた。時折、編集者で恋人の真知子がツトムのもとを訪れ、彼女と一緒に旬のものを味わうのはツトムにとって楽しい時間。そんなふうに悠々自適に過ごすツトムだが、13年前に亡くした妻の遺骨はお墓に納められずにいた。
監督・脚本:中江裕司 料理:土井善晴
出演:沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、
奈良岡朋子ほか
公式HP: https://tsuchiwokurau12.jp/
© 2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会