ライブハウスがある街、楽器メーカーが集まる街、多くのアーティストを輩出した街。そんな場所に暮らせば、音楽が生活をもっと豊かにしてくれるはず。そこで今回は、下北沢、浜松、福岡と、音楽を身近に感じる3つの街をご紹介します。
text:Ikumi Ueno(effect) photo:Eizaburo Sogo
下北沢は音楽、演劇などさまざまなサブカルチャーを発信してきた街です。とくに駅周辺には30を超えるライブハウスが点在しており、バンドカルチャーの聖地ともいわれてきました。2022年で31回目を迎える下北沢音楽祭が開催されたり、レコードショップや楽器屋、ミュージックカフェなども多く、音楽好きなら一度は暮らしてみたいと憧れる街ではないでしょうか。2019年に世界的情報誌「Time Out」が「世界で最もクールな街」を発表したときは、カルチャー発信の街として世界2位に輝くという実績も。
近年は2013年の小田急線の地下化から始まり、再開発が続いてきた下北沢。小田急線の線路跡地の全長1.7kmに新しい街をつくる「下北線路街」など、個性豊かな店舗や施設が続々と登場しています。かつては音楽や演劇の道を志す若者が多く集まる印象のあった下北沢。再開発の影響もあって、今では訪れる人の年代層もかなり幅広くなってきており、ファミリー層やシニア層も増えています。下北沢駅は小田急線と京王線の2線が利用可能で、新宿にも渋谷にもすぐにアクセスできる立地のよさも魅力。常に住みたい街の上位にランクインする人気の街です。
「茄子おやじ」の2代目
西村伸也さん
集まる人たちの熱量はむしろ上がっているような。
東京で一番エネルギッシュな街だと思います。
以前は音楽好きや演劇好きな人ばかりがいるような街でしたが、再開発の影響もあるのか、もっと幅広い層が下北沢を訪れるようになったと思います。老舗の飲食店がなくなり、新しい大手の飲食店が増えて、街並みは随分変わりました。そういう変化を「下北らしくない」と感じている人もいるようですが、僕はいい変化だと思っています。お店に立っていて感じるのは、より若い世代が集まるようになっているのかなということ。その世代がいろいろな文化を生み出していて、熱量は昔よりあがっている気がしています。下北沢は東京で一番エネルギッシュな街ではないかと思いますね。
僕が「茄子おやじ」の2代目になったのは、6年前のことです。僕はバンドをやっているのですが、東京の音楽事務所から声がかかり、下北沢に来たのが28歳のとき。音楽一本でやっていける時代でもないだろうと思い、もう一つの柱を作りたいと思っていたときに出会ったのが「茄子おやじ」のカレーでした。初めて食べたとき、母親のカレーを思い出しちゃったんですよね。僕は「茄子おやじ」のカレーは家庭的なカレーの延長線上にあると思っていて。カレーが好きでいつかはカレー店で独立したいと思っていたこともあり、「茄子おやじ」でアルバイトを始めました。しかし先代が引退することになり「継いでみるか?」と。自分の店を一から作っていくのも魅力的でしたが、大好きな「茄子おやじ」がなくなってしまうのは嫌だと思い、2代目になることを決意しました。
先代も音楽好きで、店内には常にiPodで音楽を流していましたが、僕の代になってから音響設備を整えて、レコードをかけるようになりました。レコードは手間暇がかかります。1枚流し終わったら誰かがレコードを交換して、針を落とさないといけないわけですから。でも、それがいい。音に深みや温かみがあるし、その手間をかけて生み出された音は、うちの手間暇かけたカレーによくあっていると思っています。ここでレコードに初めて触れて、プレイヤーを買ったという人がいたり、家の奥底に眠っていたレコードを引っ張り出してきた人もいるんです。このお店がレコードのよさに触れられる場になっていたら、うれしいですね。
音楽という共通言語の力は大きいと思っています。最近では歌手の森山直太朗さんが、自分が行きたい場所に行ってそこで歌うという、ご自身のYouTubeチャンネル「森山直太朗のにっぽん百歌」の企画で、歌いに来てくれたんです。ここのカレーを食べたいとずっと思ってくれていたらしいんですけど、いつも人が並んでいてためらっていたらしく(笑)。企画でやっとこれたと喜んでくれました。ほかにもここに食べに来てくれたミュージシャンと仲よくなって、一緒にライブイベントをやったこともありますし、音楽を間にはさんで、人とのつながりが広がっているのかなと思います。
「蕎麦と鶏 はんさむ 下北沢」が下北沢のお気に入りスポットです。看板メニューの蕎麦はもちろん、焼き鳥もおいしくて大好きで。しょっちゅう顔を出しています。毎年大晦日の営業を終えたら、みんなでここの年越しそばを食べるのが、定番の過ごし方になっていますね。
東京都世田谷区北沢3-25-1
MTビル102
暮らしのスポット
茄子おやじ
CITY COUNTRY CITY
日記屋 月日
BONUS TRACK SOHO9
江戸時代より物づくりの街として栄えてきた静岡県浜松市。明治時代にヤマハの創設者である山葉寅楠が日本初の国産ピアノを製造したことを機に、浜松市は日本の三大楽器メーカーであるヤマハ、河合楽器製作所、ローランドが本社を構える、楽器産業の集積地となりました。そんな浜松市が楽器作りの街から「音楽の街づくり」を掲げたのは1981年のこと。以降、国際的な音楽コンクールの開催や、音楽の人材育成などに力を入れてきました。その結果、2019年には世界で7都市目、アジアで初となるユネスコ(国際連合教育科学文化機関)創造都市ネットワークの音楽分野での加盟が認定されるという快挙も。「音楽の都」として発展してく浜松市に世界中から注目が集まっています。
静岡県の政令指定都市でもある浜松市は、静岡一の面積と人口を誇ります。日本のほぼ中央に位置しており、東京、大阪までは新幹線で90分ほどでアクセスが可能。浜松駅の周辺は商業施設が充実している一方、四方を天竜川、浜名湖、遠州灘、南アルプスの山々などが囲んでいるのも特徴です。都市機能の便利さと豊かな自然が融合した浜松市は、暮らしやすい街として評判を集めています。
浜松市楽器博物館
ヤマハイノベーションロード
1970年から80年代にかけて、日本のリバプールといわれ、音楽で大きな発展を見せてきた福岡県福岡市。その福岡発のムーブメントや文化、福岡出身の特定のロックバンドを指す言葉として「めんたいロック」という言葉ができ、日本の音楽シーンに多大な影響を与えました。流れはその後も続き、数多くのアーティストを輩出してきた福岡市。2002年から音楽産業都市として、音楽関連産業の振興を目指している街でもあります。そんな福岡が最も活気づくのが毎年9月に開催される「福岡ミュージックマンス」。5つの音楽イベントが開催されるなど、日本全国から音楽ファンが集結します。
福岡市は全国トップクラスの暮らしやすさを誇る街でもあります。その特徴は都市機能が集中しているコンパクトシティであること。福岡市の中心街である天神エリアは、電車、バスはもちろん、10分ほどで福岡空港、博多港へとアクセスができる場所であり、交通の便のよさは大きな魅力となっています。また食べ物がおいしい街であることも、福岡のポイントの一つ。豚骨ラーメンやもつ鍋などご当地グルメが充実しており、屋台でも味わうことができます。それでいて家賃は全国の都市と比べても安く、快適な生活環境が整う街です。