私たちの生活を美しく整えてくれる道具や工芸品が日本各地に数多く存在します。それらは職人たちが脈々とワザを受け継いだことによって、今日の日本に残った名品たち。そんな品々を生み出す街として、今回は日本橋周辺、堺、別府と3つの街をご紹介します。
text:Ikumi Ueno(effect) photo:Eizaburo Sogo
歴史と新しさが交錯する街、日本橋。中央区にあるこの街が発展し始めたのは、江戸幕府開府のころ。江戸幕府が江戸と日本各地を結ぶ、東海道や甲州街道などのいわゆる「五街道」を整備していき、その起点に定められたのが日本橋だったのです。やがて日本橋には全国各地から商人や職人が集まり、のちの三越となる「三井越後屋呉服店」や、のちの東急百貨店となる「白木屋」などの商店が続々と開業。日本経済の中心として急激に発展していきました。そんな背景から、現在の日本橋には江戸時代に開業された老舗が残っており、匠の技が職人たちによって受け継がれているのです。
発展が続いていた日本橋ですが、バブル崩壊とともに賑わいが失速していきます。そこでかつての日本橋を取り戻そうと「日本橋再生計画」が発足。2004年の「COREDO日本橋」の開業を皮切りに、「COREDO室町」などの商業施設とオフィスが融合したビルが誕生していきました。物件数は多くありませんが、近年は少しずつマンションも増えており、東京駅や銀座にも近い利便性と、歴史を感じさせる街の風情が魅力の、唯一無二の街として人気を集めています。
ブラシの専門店
「江戸屋」12代目店主の
濵田捷利さん
に、日本橋の移り変わりや、「江戸屋」が扱う道具の魅力をお話いただきました。
でも自分に合ったいい道具を使うことは、
気持ちまで整えてくれるはずです。
お店の前の道が旧日光街道で、日本橋が発展したのはこの通りからなんです。僕がこのお店に入ったころはこのあたりは問屋街で、この通り沿いに木綿問屋がずらっと軒を連ねていました。街が大きく変わっていったのが、1964年に開催された前回の東京オリンピック。高いビルなんてほとんどなかった街に次々と大きな建物が立ち並び、段々と今の街のような形に近づいていきました。
日本橋は、地元愛の強い人が多い街だと思います。その結束が表れるのが、江戸時代から続いているべったら市。2日間の開催中は街の様子が一変するほど、多くの人でにぎわいます。私はべったら市の保存会の会長をしているんだけど、お祭りの開催期間は2日間でも打ち合わせは10回くらいあるし、そのたびに飲み食いするもんだから、そりゃ結束も強くなるよね(笑)。最近はこのあたりにもマンションが増えてきて、他の場所から来た人も多いけど、お祭りのときにはそういう方たちにも声をかけて色々と手伝ってもらっていて、交流の場にもなっていますよ。僕にとってもべったら市は生きがいと言ってもいいほどです。
初代が将軍家お抱えの刷毛師で、幕府から屋号を与えられた「江戸屋」。創業したときは刷毛の専門店でしたが、ブラシの分野でも徐々に認められていきました。幕末のころに黒船がくるっていうんで、今でいうお台場に大砲を設置したんですね。弾を打つと、火薬のカスが砲身にいっぱいついてしまう。そこでそのカスをはらうブラシを考案したところ、幕府から認めてもらい、銀製の賞牌を授与されたんです。うちで販売しているものはいわば道具。主役ではないんだけど、自分に合ういい道具を使うことは気持ちまで整えてくれるはずです。自分がどんなときに使うかを考えながら、実際に触れてみながら選ぶといいと思いますよ。
「べったら市」の中心となるのが「宝田恵比寿神社」です。名物のべったら漬けを始め、さまざまな露店が500店ほど出店し、多くの人で賑わいます。コロナ禍でしばらく開催できませんでしたが、昨年は3年ぶりに開催されました。今年も10月19日(木)と20日(金)に開催される予定ですので、足を運んでみては。
東京都中央区日本橋本町3-10-11
暮らしのスポット
江戸屋
岩井つづら屋
白木屋傳兵衛
堺市は大阪の中南部に位置する政令指定都市。府内では2番目の大きさと人口の多さを誇ります。海外との交易も盛んだった街で、室町時代には「東洋のベニス」と呼ばれ、日本屈指の産業都市となっていきました。そんな堺市で明治20年頃から発展しはじめたのが、和晒(わざらし)業。晒を染める技術として「注染(ちゅうせん)」や「捺染(なっせん)」などの技術が発達していき、その技術を活かした手ぬぐい作りに特化した街になっていったのです。現在も堺市内の、津久野・毛穴地域では手ぬぐいに関連する企業が約300社ほどあるといわれています。
堺市は天王寺や難波など大阪の中心部にも電車で10分程度と、ちょうどよい距離感にあり、暮らしやすさも抜群。商人の街として栄えた堺市には、デパートや大型スーパーだけでなくにぎやかな商店街も数多くあるため、買い物には事欠きません。またエリアによって特徴が異なるのも堺市の魅力。都心部、大阪湾や羽曳野丘陵などの自然。さらに世界遺産ともなっている巨大古墳群「百舌鳥・古市古墳群」があったりと、さまざまな表情を見せる街です。
ナカニ
竹野染工
大分県の東海岸のほぼ中央に位置する別府市。その別府市の伝統工芸品が、「別府竹細工」です。歴史はとても古く、奈良時代に書かれた「日本書記」にも表記があるほど。特徴は、別府が日本一の生産地を誇るマダケと呼ばれる竹の品種を使用し、8つの編組(へんそ)という技法によって手作業で作られること。現在ではざるやかごなどの実用品に加え、照明器具やバッグなども作られています。加工が非常に難しく、高い技術を要するため、美術工芸品としても注目を集めており、1967年には生野祥雲斎氏が竹工芸では初めて人間国宝に、1979年には国から「伝統的工芸品」に指定されています。
別府市は大分市に次いで人口が多い街。古くから温泉地としてにぎわってきた観光都市で、市内には別府八湯とよばれる8つの温泉エリアがあり、湧出量は日本一です。観光地として栄えてきた街ですが、自宅でも温泉を楽しめるエリアもあり、温泉好きにはたまらない街。扇状地のため坂が多い地形ですが、山々や高原、別府湾など豊かな自然を有しており、美しい景観が魅力です。