QOL(暮らしの質)はもとより、自分たちが手掛けてきた染織や服づくりの可能性を広げるため、生活の場を移して新たな挑戦を始めたい……。そんな理想を掲げて、東京から山口県防府市富海(ほうふしとのみ)へ移住した大道さん夫婦。移住してから9年。古民家を改装した工房兼ギャラリーで、日々制作に励んでいます。
ライター:鈴城久理子
01| 藍染と服づくりの集大成を新天地で試みる
浅瀬で泳ぎやすく、子ども連れでも安心の富海海水浴場。大道ファミリーの憩いの場所
富海の海は大道夫妻の住まいのそばからも見え、瀬戸内海の景色を日々楽しんでいるそう
山口県のほぼ中央に位置し、穏やかな瀬戸内海に面している防府市。古くから「周防の国の国府」として栄え、交通の要衝として発展してきました。現在は山陽自動車道を利用すれば、広島や福岡へは1~2時間余りという利便性の高さもあり、移住先としても注目されています。
毎年6月に開催される「富海菖蒲まつり」。美しく咲き誇る菖蒲を堪能できる
防府市は長い歴史を持ち、古くから「娑波(さば)」という名で日本書紀に登場するなど、歴史的にも重要な地域。それを証明する史跡も数多く残っており、日本で最初に創建された天神さまと称される「防府天満宮(ほうふてんまんぐう)」をはじめ、あじさい寺として知られる「東大寺別院阿弥陀寺(あみだじ)」、旧長州藩毛利家に伝来する美術工芸品や歴史資料約2万点を収蔵している「毛利博物館(旧毛利家本邸)」など、見どころも数多く点在しています。またイベントも多く、大道夫妻をはじめ地元民が楽しみにしている「富海菖蒲まつり」はその一つです。
「草衣 so-i」では不定期ながらも展示販売会を開催している
189.37平方kmに114,113人(令和6年6月末現在)を擁するこの町に、大道夫妻が引っ越してきたのは9年前のこと。その理由を、竜士さんはこう語ってくれます。「子育てのしやすさや暮らしの豊かさを求めて移住を決心しました。それから、染織や服づくりなど、東京でもやってきたものづくりを仕事にするためでもあったんです」。そして移住してから3年後、藍染工房兼ギャラリーの「草衣 so-i(そうい)」をオープンしました。「メインの仕事はオリジナルの服や作品の制作販売です。ほかに、アパレル会社やデザイナーさんがつくる服を藍染めや草木染めで染色加工したり、個人の方の洋服の染め直しが多いですね」。
02| 初めての土地での心細さもすぐに払拭
移住したときに赤ちゃんだった長男はもう小学生。年末に染納めをしている様子
防府市への移住を決心し、移り住んだのは長男が生まれて間もない頃。赤ちゃんを連れて見知らぬ土地で暮らすことへの不安はあったものの、住んでみるとそれが杞憂(きゆう)だったことにすぐ気づいたと言います。「ここは地元の人同士の絆が強く、助け合いの文化が今も根づいている町。地域全体で息子を一緒に育ててくれたといっても過言ではありません。安心して子育てができるところだと思います」。
03| 土に近い暮らしと自然豊かな環境を満喫
壁際のディスプレイコーナーが二人のお気に入りの場所。作品も一緒に飾っている
写真提供:natsuko miyashita
障子張りの扉など、懐かしさが漂う古民家の工房兼ギャラリー
写真提供:natsuko miyashita
現在は自宅近くの古民家を借りて、夫婦で藍染工房を営んでいます。竜士さんはもともと東京でも染色の仕事に就いていたそうですが、毎日藍染に取り組めるようになったのは、「草衣 so-i」をオープンしてからと教えてくれます。
庭で栽培した藍を利用し、灰汁醗酵建て(あくはっこうだて)の藍建て(藍染の原料となる「すくも」を醗酵させた染液で染める方法)で染めている
こだわっているのはオーガニック素材。作品に使うオーガニックコットンも自家栽培しているのだとか
「富海に住むようになってから、『土に近い暮らし』ができているなと感じます。東京にいた頃には考えられないくらい、自然が身近にあるんです。仕事でも生活でも、ふとしたときに体が感じる環境の大切さを改めて考えるきっかけになりました。そういう暮らしを家族と共有できることに喜びを感じています」と竜士さん。移住した理由である暮らしを豊かにすること、そしてものづくりを仕事にすること。どちらも描いていた以上の結果となったようです。
04| 藍染の魅力をさまざまな形で発信
本藍の注染ゆかたを制作。ヤカンと呼ばれるジョウロのような道具に藍をくみ取り、生地に藍を注いで仕上げる
普段は制作の場所である「草衣so-i」。展示会の際には浴衣など昔ながらのアイテムやオリジナルの服、小物を販売しています。また、手持ちの洋服や小物を持ち込んで藍染の仕方を教えてもらえるワークショップや講座も開催。そのほか、県内のギャラリーでの展示販売会やイベントに参加することも。
藍で染めた糸を織るともみさん。織り方によって藍のさまざまな表現をできるのが染織の魅力
糸や布を丁寧に染め上げていくのは、竜士さんの担当
糸や布を染めるのは竜士さんの仕事。染めた糸を織ったり、布で服や小物を仕上げていくのはともみさんの仕事。「草衣so-i」は織り手と染め手の二人三脚で成り立っています。
「なるべく手を動かそう。拙い(つたない)動きにうんざりすることもあるけれど、線を引いて、形を探そう。色をもらって、藍を染めよう。いつもそう考えています」。
鹿児島県枕崎市で行われている「枕崎国際芸術賞展」というアートコンペに出品した作品
富海小学校の3年生の体験授業にて
アートの公募展などに出展をしたり、学校で藍染の授業をサポートしたり、さまざまな場面で活躍している大道夫妻。「藍染を通じていろんな人と関わっています。そこで得た経験は、何よりも自分の糧になっていると思います」。
型染めの布でつくったコースター。「山口アーツ&クラフツ」というイベントで販売した作品
富海に移住して9年。その間にいろんな変化を体験したと言います。
「この9年間で暮らしも考え方も変化してきています。世の中の状況も。その時々の自分たちの暮らしや環境と相談しながら住まうということを考えていきたいと常に思っています」。そう語る大道夫妻から、移住についてのアドバイスをもらいました。
「定住と移住は違います。どんなに情報を調べたとしても、やはり移住してみて初めてわかることがたくさんあります。移住してみてどうしても合わないのならやり直せばいい。そのくらいの気持ちで考えれば動きやすくなるのかなと思います」。
※大道さんのインスタグラムと公式サイトはこちら!
https://www.instagram.com/so_._i/
https://soi.theshop.jp/
05| まとめ
「移住してみてどうしても合わないのならやり直せばいい」。そんな気持ちがあれば、移住がより気軽になるのかもしれません。
この記事を書いた人
鈴城久理子 ライター
雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。