定年後のセカンドキャリアを求め、新たな土地でスタートを切る移住者もたくさんいます。大坪さんもそのひとり。定年退職後、夫婦で東京都八王子市から愛媛県今治市上浦町(いまばりしかみうらちょう)へ移住。上浦町はしまなみ海道の一番大きな島・大三島にある町のひとつ。そこで、小さなベーカリー「Kaeru Bakery(カエルベーカリー)」を営んでいます。風光明媚な環境で、どのように移住暮らしを楽しんでいるのでしょうか。
ライター:鈴城久理子
01| 定年退職後のセカンドライフに小さな島を選ぶ
住まいは瀬戸内海が見渡せる好立地を選んだ。ご近所には大三島の特産であるみかんの木がずらり
「定年退職後のセカンドライフとして、環境のよいところでパン屋を開業したい」。そんな希望を胸に大坪さんが奥さんと一緒に移住したのは2年半前のこと。選んだのは愛媛県今治市に属する大三島でした。瀬戸内海に浮かぶのどかな大三島の人口は4,883人(令和5年9月現在)、広さは64.53平方kmあり、瀬戸内しまなみ海道で一番大きな島です。
美しい夕焼けが一日の疲れを癒してくれる。店の敷地からは正面に伯方大島大橋が見えるそう
この島の魅力のひとつは何といっても瀬戸内しまなみ海道があること。しまなみ海道は、愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ全長約60kmの自動車専用道路。自転車と歩行者用の道路が整備されているため、サイクリングを楽しむ人が一年中絶えません。また日本総鎮守の「大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)」が鎮座していることから“神の島”とも呼ばれ、数々の名所を訪れる観光客もたくさん。
マルシェ「レモン通りの日曜日」の様子。昨年は、たまたま臨時休業で行くことができたそう
瀬戸内の島々を舞台にしたイベントも多く、大島の「レモン通り」で開催される「レモン通りの日曜日」のほか、代表的なのが毎年行われている瀬戸内『し・ま・の・音楽祭』。また、大三島で毎年行われている「三島水軍鶴姫まつり」に「Kaeru Bakery」として出店するなど、地元のイベントにも積極的に参加しています。
山もあり、海もありという理想の土地に「Kaeru Bakery」をオープン。ウッドデッキのベンチも好評
定年までの36年間は、建築設計事務所に勤務し、建築設計を手がけていたという大坪さん。定年の一年半前から一年間、日曜日だけパンの学校に通い、定年後は東京八王子のパン屋さんで一年半、パン職人として働いていました。その後、次のステージで実現したいと思ったのは自分のお店を持つこと。その夢が叶い、大三島で「Kaeru Bakery」をオープンしたのは2022の年7月。優しい木のぬくもりが漂う店内にはイートインカウンターがあり、ウッドデッキのベンチでも店で購入したパンを食べることができます。サイクリングロードに面しているため、このベンチでパンを頬張るサイクリストも多いのだとか。
02| 理想的な土地探しに時間を費やす
東京で暮らしていた頃には得られなかった、自然との共存も移住先の条件でもあった
いまでこそ、順調に「大三島のパン屋さん」として知名度を上げていますが、オープンするまでは思いのほか時間がかかったといいます。「環境のよいところでパン屋を開業したいと考えていたのですが、土地探しに時間がかかりました。ですから、大三島で理想的な場所を見つけたときはとても嬉しかったですね」。
03| 瀬戸内海の島に小さなベーカリーをオープン
まさに山のふもとという場所に土地を購入。だんだん出来上がっていく様子を写真で記録
店内から瀬戸内海を眺められるようにイートインコーナーを配置するなど、設計にもこだわったそう
ようやく希望通りの土地を購入し、造成工事がスタート。内装工事が終わったところで、厨房機器を購入して搬入。それと同時に県外のテストキッチンへ足を運び、パンの完成度を上げるための努力も怠りません。デッキオーブンとコンベクションオーブンの比較をするためにバゲットやクロワッサンの試し焼きを行ったり、デニッシュにのせる大三島産の甘夏を使ったマーマレードをつくったりと、着々とオープンの準備に取りかかります。
オープンの日には、知り合いや地元の人たちからたくさんのお祝いが届いた
2022年7月30日、お店が無事にオープン。不慣れなことも手伝って、思うようにいかなかったこともありますが、とても貴重な一日になったそう。「オープン直後は十分な量のパンが焼けずに売り切れになってしまい、ご来店いただいたにもかかわらずご購入できなかったお客様もいらしてとても申し訳なかったです。そういった失敗を繰り返さないよう、慣れるまで、イートインとコーヒーの提供はしばらく休んでいました」と反省の弁も。
草花を通して、田舎ならではの四季の移ろいを実感。その美しさに思わずシャッターを切ることも
台風の日にはお店を休業したり、材料代の値上がりが原因でやむなく一部のパンを値上げすることになったり……。経営にはさまざまなトラブルがつきものですが、それを跳ね返すだけの想いがこの場所にあるといいます。「定期的に地域の草刈りに参加していて、そういう日には販売するパンの種類が少なくなってしまうこともあります。でも、こうして地元の方々とのコミュニケーションをとる時間が大切なんだと思います」。
04| お店を通して地元民や旅行者と交流を楽しむ
ショーケースにはカレーパンやフォカッチャ、バゲット、デニッシュ、ブリオッシュなど色々なタイプが並ぶ
レモンジャムとクリームチーズのブリオッシュ。レモンジャムはほんのり苦い大人の味
甘い菓子パンのほかにバゲットサンドなど食事にもピッタリのメニューも
ほかにも、大坪さんが大切にしているコミュニケーション相手がいます。それは、わざわざお店に立ち寄ってくれる旅行者たち。「パン屋の営業を通して地域の人々はもちろん、旅行者とつながれるのが移住してよかったなと思うことのひとつです。これからも手づくりにこだわったおいしいパンを提供していきたいです」。
大三島の農園の人に毎週末お店に卵を届けてもらっている
パンの材料にもこだわりがあります。カエルパン、ブリオッシュ、デニッシュなどパン生地やカスタードクリームに使用する卵は、大三島の農園の平飼い卵をセレクト。ほかにも大三島産イチゴの自家製ジャムや大三島産甘夏の自家製ピールといった地元で採れる果物を使うなど、地産地消のパンづくりを目指しています。
看板の上に見知らぬカエルの人形がちょこん。誰かが忘れ物をしたもよう
開業するにあたり、デザイナーにつくってもらったトレードマークには「カエル」を採用。奥さんがカエル好きのため起用したのだそう。看板の上にカエルの人形をのせて写真を撮っていくお客さんもいるほど。いまではお客さんはもちろん、地域の人々にも認識され、愛すべきキャラクターになっています。
コーヒーはレギュラーコーヒーとカプチーノのほか、夏限定でアイスコーヒーも登場。海を眺めながら楽しむことができる
「移住してから日が浅いので、今後またどこかに移住したいとは思いません」と大坪さん。いまはまだ、大三島の魅力を少しずつ発見する日々のようです。
※大坪さんのインスタグラムはこちら!
https://www.instagram.com/kaeru_bakery/
05| まとめ
いままでやってきたことを糧にして、移住先で第二の人生を送る。そんな素敵な移住生活を目標にするのもいいかもしれません。
この記事を書いた人
鈴城久理子 ライター
雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。