技術が進化した時代だからこそ、人の手によって作られた伝統工芸品は魅力的です。ものづくりの文化がある街での暮らしは人の温かみを感じられ、心を癒してくれるはず。今回は浅草、美濃、波佐見町の三つの街をご紹介します。
text:Kanta Kosugi、Ikumi Ueno(effect) photo:Eizaburo Sogo illustration:Saori Fukada
東京の北東部、台東区に位置する浅草。下町情緒と活気に溢れた人でにぎわう街です。起源は飛鳥時代、本格的な発展を遂げたのは江戸時代の頃。初代将軍徳川家康が首都を江戸に制定したことで人口が急増し、浅草寺は将軍の庇護を受けることになりました。やがて全国各地から参拝客が訪れるようになり、地元民は参道で玩具や土産物などの商売を開始。これが仲見世の始まりです。歌舞伎街や遊郭も浅草に移転し、観光地として急激に発展していきました。そんな背景から、ものづくり文化が根づき、現在でも工芸品などを売る問屋が多く残っているのです。また着物や浴衣で歩く人々や人力車を見かけることもしばしばで、タイムスリップしたような歴史情緒ある街並みも魅力です。最近は多くの外国人観光客が訪れ、世界的にも有名な街になっています。
いまも昔も観光ビジネスに力を注いできた浅草は交通の便がよく、東京メトロ銀座線、都営浅草線、東部伊勢崎線、つくばエクスプレスの4路線を利用可能。日光や鬼怒川温泉といったほかの観光地への移動もしやすく旅行に便利です。浅草駅近くに流れる隅田川沿いで開催する「隅田川花火大会」や1312年から続く伝統的な祭り「三社祭」など、1年を通してイベントが多いため楽しい暮らしが望めます。住みやすさも兼ね備え、八百屋やスーパーなどが並ぶ商店街も豊富なので生活に困りません。また閑静な住宅街もあり、下町らしい住人同士の交流が盛ん。何年経っても飽きない生活を送れます。
染絵てぬぐい ふじ屋 三代目店主川上正洋さん
てぬぐいは心の豊かさにつながる。
そのあたたかみを生活の一部に取り入れてもらえたら
「ふじ屋」は1946年創業で祖父、父、僕と三代に渡り78年続いている染絵てぬぐい専門店です。祖父からは都内初のてぬぐい専門店だと聞いています。うちでつくるてぬぐいは創業から変わらず、すべて「注染染め」という手染めでつくられています。特殊なのりで防染した生地に上から染料を注いで染め上げる技法で、それを二度繰り返す「2回染め」なんかはズレが生まれてしまうので一つとして同じてぬぐいがなく、人がつくったという温もりを感じられるんです。さらに、使っていけばいくほど色が褪せていくのでデニムのように変化も楽しんでいただけます。よくお客様に「どう使えばいいんですか?」と聞かれるのですが、てぬぐいの使い方は自由です。どんなことにも使いやすく、手になじみやすいので、生活のなかに伝統工芸を取り入れたいという方の最初のアイテムにふさわしいと思います。
この店を継ぐという気持ちは小学生の頃には芽生えていました。うちは家業として染絵てぬぐいづくりを行っているので祖父と父が職人として働く姿を幼い頃から見ていて、気がつけばそのかっこよさに憧れるようになっていたんです。小学生の文集には「祖父や父のようなてぬぐい屋さんになりたい」と書いて、よく手伝いをしていたこともあり、周りからは早くから「三代目」と呼ばれるようになっていました(笑)。ただ本格的に後継になると考えたのは、京王プラザホテルで祖父、父、僕のてぬぐいを展示する企画「親子三代展」を開催したときです。そこで初めててぬぐいをつくったのですが、自分が描いた雪だるま柄のてぬぐいが飾られている様子を見て、改めててぬぐい職人になろうと心に決めました。開催前に祖父が亡くなってしまい三代で企画を見届けられなかったという悔しさの分、決意は固かったです。
浅草はご近所付き合いの文化が盛んで、とても暮らしやすい街だと思います。駅まで歩けば、知人によく会うので、何回「こんにちは」と言えばいいのかと思うほど(笑)。みんな何かあれば気にかけてくれるあたたかい人たちなので安心感があり、子育てにおいてもほかの環境に比べて心配事が少ないと思います。三社祭や縁日などイベントは毎月のようにあるので、どんな人でもコミュニティに参加しやすいし、引っ越してきた人もすぐになじむことができると思います。
母の実家である、浅草 うまいもん あづまです。いまは母の弟である叔父が店主で、私の従妹である息子と一緒に切り盛りしています。実家から200mくらいということもあり、子どもの頃から家族でよくご飯を食べに行っていました。お寿司やカツ丼、オムライスなど幅広いメニューが揃っていて、近所の人たちにもおなじみの、浅草の台所的なお店です。
東京都台東区浅草1-32-1
暮らしのスポット
染絵てぬぐい ふじ屋
TSUCHI-YA ガラスの器と工芸
※時期によって在庫は変動いたします
本品堂工房
(制作工房のため販売店舗ではありません)
岐阜県の中央部に位置する街。日本三大清流のひとつである長良川と、板取川が市内をながれ、森林が8割以上も占める自然豊かな環境が特徴です。その地形を生かして盛んになったのが、日本三大和紙のひとつにも数えられている美濃和紙。和紙の原料である楮(こうぞ)が多く採取されるこの地域では、奈良時代から1300年以上にもわたって和紙づくりが行われてきました。美濃和紙は柔らかみのある風合いを持ちながら、耐久性が高く、ムラのない美しさが特徴で、2014年にはユネスコの無形文化遺産にも登録。その伝統的な技術は世界的に評価されています。
このように産業が栄えていたことから、江戸時代には商業の街として反映していた美濃。江戸、明治に建てられた豪商の民家が残っており、情緒ある街並みをいまでも楽しむことができます。美濃市で暮らす人の多くが、マイカー生活を送っていますが、市内には長良川鉄道とバスが通っているほか、最近では予約型乗り合わせタクシーが運行されてるため、交通の便がよくなってきています。またスーパーやホームセンターがあるため日々の買い物に困ることはほとんどありません。近年は移住政策にも力を入れており、首都圏から移住した場合に支給される支援金や、新婚世帯の家賃補助、空き家回収補助など、移住支援が充実しているのも注目したい点です。
家田紙工
長崎県のほぼ中央に位置し、県内で唯一海に面していない街。周囲を山に囲まれた土地は豊かな自然が溢れており、なかでも江戸時代中期には完成したといわれる鬼木棚田は日本の棚田百選にも選ばれた美しい景勝地です。そんな波佐見の名を一躍有名にしているのが、この地域で作られる陶磁器、波佐見焼。その特徴は白磁と、透明感のある呉須(藍色)の美しさで、400年も前から日用食器として親しまれてきました。波佐見焼には決まった様式というのはなく、使う土や釉薬、デザインもさまざま。時代にあわせたデザインが次々と生まれています。
また最近では移住支援金補助制度や空き家バンク、移住の前に田舎暮らしが体験できるお試し住宅などの支援制度も充実がはかられており、波佐見に移住する人が増加。街が活性化してきています。とくに西ノ原地区は、移住者が起業をして、あたらしい飲食店をオープンさせたりと盛り上がりをみせる地域です。波佐見町内に電車は通っておらず、移動手段は車やバスが中心になりますが、長崎市からは高速道路で約60分、福岡市からは約1時間25分と、都市部へのアクセスはそこまで悪くありません。スーパーなど買い物をできるスポットも町内にあり、暮らしやすい環境も整っています。自然溢れる環境を満喫したい方にはおすすめの街です。
マルヒロストア
(HIROPPA内)
慌ただしく過ぎる毎日に少し彩りを加えてくれます。
繊細な技が魅力の伝統工芸品が息づく街を紹介します。