「スタール邸」はロサンゼルスの高級住宅地ハリウッドを見下ろす高台に建つ名作住宅です。リゾートには唯一無二の眺望が求められますが、この邸宅ほどリゾートの条件を満たす邸宅はありません。
ロサンゼルスの全景を見渡せる眺望を気に入ったスタール氏が、狭小で地盤の悪いこの崖地を安く購入したのは1954年のことです。スタール氏は、週末は命綱を使ってまで崖にブロックを積み、地盤を安定させました。かたわら、大学を出たばかりの若い建築家、ピエール・コーニッグを探し当てます。スタール夫妻がコーニッグに依頼したのは景色を270度楽しめる住宅です。コーニッグの提案は、鉄骨を崖から張り出す斬新なプレハブ住宅でした。リビングが空に浮かぶようなスタール邸は、わずか1年足らずで完成しました。見た目はハリウッドの豪邸ですが、建築費用は3万7500ドル、現在の価値で4000万円弱の破格です。コーニッグは既製品の建材を使い、鉄骨も端材が出ないように利用したからです。ガラスは当時市販されていた最大サイズの既製品、窓枠もスチールのみ、床のデッキプレートも効率よく敷いて無駄を徹底的に省いています。
意匠にも抜かりはありません。真下に見えるハリウッド通りのグリッドと対称的になるよう、平面設計は幾何学的なL字形にしています。同時に、全ての部屋からプールに飛び込めるようになっています。ロサンゼルスの強い日差しを遮るために庇がありますが、これも眼下の地平線と対称になるよう水平です。
子育てをする住宅としての機能も万全です。道路に面した側は壁で、寝室と子供部屋を配置しています。寝室とリビングを繋ぐ、L字のほぼ中心部にはクローゼットや台所を置き、台所の両サイドに通路を設けてスムーズな動線を確保しました。
施主の熱意と建築家の工夫があれば、自宅をセレブなリゾートにできる。スタール邸は、経済性と利便性を追求した「一般住宅の名作」です。リゾートに行きにくいいま、眺望のある住宅を探してみるのもいいかもしれません。