海外で過ごした経験を人生の糧にし、移住先で新たな人生を出発する。今回紹介するのは、そんな生き方を思いきり楽しんでいる北山さんのストーリーです。出身地である千葉県四街道市を出発点に、バングラデシュを経由して、たどり着いたのは徳島県神山町。現在はオープンしたゲストハウス「神山くらしの宿 moja house」を訪れるゲストとの交流を楽しみながら、田植えや野良仕事、季節の手仕事に勤しんでいます。
ライター:鈴城久理子
01| 暮らしと仕事の境界線がない働き方を求めて
徳島に来るときには誰もが通るという観光名所の大鳴門橋(鳴門海峡大橋)。「神山くらしの宿 moja house」のゲストも訪れることがあるのだそう
徳島県のほぼ中央に位置し、鮎喰川(あくいがわ)の清流や緑の山々が美しい神山町。173.30平方㎞に4,694人(令和6年11月1日現在)が住むこの町には、古い歴史があちこちに息づいています。北山さんが2019年にオープンしたゲストハウス「神山くらしの宿 moja house」がある神領地区はその筆頭で、とくに有名なのが、日本神話に登場する唯一の穀類の祖神である「大宜都比売命(おおげつひめのみこと)」を主祭神とする「上一宮大粟神社(かみいちのみやおおあわじんじゃ)」。食の神「大宣月比売命」を祭る神社で、散歩コースとしても人気です。
まるでベールをかけたような朝靄が美しく、どこか幽玄な雰囲気さえ漂う山々の姿
お隣さんから2コンテナ分の柿をもらって干し柿に。このような近所づきあいも魅力の一つ
神山町は東京から飛行機と車を乗り継いで約3時間の距離。お遍路を目的として訪れる人も多いためか町中には接待文化が残っており、人々もフレンドリーで打ち解けやすいのが特徴です。この町に北山さんが移り住んだのは8年前のこと。「自給自足的な暮らし方をしたい。また、暮らしと仕事の境界線がないような働き方がしたいと考えて神山町を選びました。山と川に囲まれて、季節の恵みを活かしながら地域のコミュニティにどっぷり浸かって生活するのが夢だったんです」。そう振り返って語ってくれます。
02| 伝統文化があちこちに息づく
平成13年から毎年人形浄瑠璃公演を開催している農村舞台「小野さくら野舞台」。毎年4月に春の定期公演が開かれる
この町の歴史を語るのにぴったりなのが、古くから伝わる伝統芸能。江戸時代から明治にかけて、農民の娯楽として阿波人形浄瑠璃が盛んに上演されていたのだそう。その舞台を飾った襖絵がいまも現存します。一時期公演を休止していた「小野さくら野舞台」ですが、町民と関係者の熱意で復活したといいます。
毎年8月に開かれる「阿波踊り」。神山町唯一の阿波踊り連「桜花連」も踊りながら町を練り歩いて花を添える
10月には神山町の「神領」という地区で「神領秋祭り」が行われ、立派な御神輿と屋台が登場
ほかにも神山町内で行われるお祭りはたくさん。2月の阿川梅まつり、7月の下分七夕まつり、各地区で行われる10月の秋祭り、そして11月に開かれる大久保イチョウ祭りなどが有名どころ。地元民にとっても観光客にとっても、お楽しみが目白押しです。
03| 地域おこし協力隊の制度を利用して移住
心地いい季節には縁側にテーブルを出して、山々を眺めながら作業
最近は企業のサテライトオフィス開設や移住者の増加で注目を浴び、「地方創生の聖地」とまでいわれている神山町。2016年には「神山町創生戦略・人口ビジョン」の一環として、「まちを将来世代につなぐプロジェクト」というプロジェクトが立ち上げられました。そこから少しずつであるものの県外からの移住者も増えているそう。北山さんもそのタイミングで移住した人の一人です。
冬には雪が積もり、山々も真っ白。四季折々の自然が楽しめるのも神山町のよさ
移住の際、北山さんは地域おこし協力隊の制度を利用。きっかけは、友人から神山町のことを聞いたからだったそう。「バングラデシュにいたときに『食』と『農』に興味を持ち、それを通じて地域おこしをしたいと考えていたところ、まさに神山町の地域おこし協力隊の活動内容がそれにぴったりでした。協力隊活動期間中は仕事と住居は保証されるので、地域コミュニティで活動するかたわら、しっかり腰を据えて、この町で卒業後何をやっていきたいか、何が求められているのか、何ができるのかを考えることができたと思います」。
そのおかげで移住する際の悩みや不安もなく、あっという間に8年目を迎えました。「自分の好きなこと、やりたいことをやって生き生きと暮らす楽しい人たちがたくさんいて、常にまわりの人から刺激をもらっています。娯楽施設はなくても、自分たちでイベントを企画したり、楽しいことをつくり出していくクリエイティブさが魅力だと思いますね」。
04| バングラデシュの食生活を啓蒙中
以前、バングラデシュにまつわるイベントを開催した
大学で国際文化を学び、卒業後は国際貨物輸送代理店に就職。数年後、青年海外協力隊員の広告を見て応募し、仕事を辞めてバングラデシュへ渡ったという北山さん。2年間働いた現地での思い出を蘇らせるべく、以前、ゲストハウスで「バングラナイト」なるイベントを開催したことも。「協力隊で一緒だった仲間が遊びに来てくれることもあり、おいしい料理を頬張りながら、思い出話に花を咲かせています」。
バングラデシュのお母さん的存在の女性に教えてもらった、ベンガルの家庭料理「トルカリ」
「moja house」の「moja」は、バングラデシュの言語であるベンガル語で「おいしい」「楽しい」という意味。「おいしい場所、楽しい場所でありたい」という想いが込められています。
ゲストハウスでは、夕食、朝食ともにゲストの皆さんと一緒に料理をするスタイルで料理体験を提供しています。予約制でカレー教室も開催。食材は地元のものを使っているのだそう。「お料理を始める前に、いつもスパイスの名前とそれぞれの特徴、バングラデシュの食事事情やそこでの暮らしについてもちょこっとお話しするんです。その後に神山のお野菜や徳島の食材を使って、3種類のカレーをつくります。ベースとなるスパイスは同じなのですが、食材やお好みによって違うスパイスを入れてみたり、みなさんが楽しくつくれるように工夫しています」。
神山名産のすだちを使ったアジア飯。「どこかの国を旅した気分になっていただけたら」との発案で開催した1日カフェで提供
バングラデシュに限らず、「旅が好き、人が好き」という北山さん。ここに移り住んで以来、町の人たちからもらった優しさやあたたかさを、来てくれたお客さんにお返しするような心穏やかな日々を送っているようです。
※moja hauseのインスタグラムはこちら!
https://www.instagram.com/mojahouse_kamiyama/
05| まとめ
後編では、古民家をリノベしたゲストハウスの様子や地元の人々との触れ合いなど、北山さんの日々の暮らしを紹介します。
この記事を書いた人
鈴城久理子 ライター
雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。