公開日: 2024.09.26 最終更新日: 2024.09.26

【私の移住ストーリー】~有明海の美しさに惚れ込み、佐賀県鹿島市でそば農家を営む~奥正好さん&理沙さんのケース

【私の移住ストーリー】~有明海の美しさに惚れ込み、佐賀県鹿島市でそば農家を営む~奥正好さん&理沙さんのケース

鹿島市南部に位置する七曲(ななまがり)集落で、春と秋、年に2回そばを育てて収穫している

フリーランスのWebサイト制作者から、まったく業種の異なるそば農家へと転身。きっかけは、取引先の社長から「農業やってみない?」と佐賀県鹿島市七曲地区の農地を紹介されたことでした。農業は未経験で何もわからない状況にもかかわらず、わずか半年で福岡市から移住し、1年目後には理沙さんと出会って結婚した奥正好さん。現在は、夫婦揃ってそばを軸とした「持続可能なビジネスモデル」の構築に邁進しています。今回は、そんなドラマティックな経験を持つ奥夫妻の移住ストーリーを紹介します。

ライター:鈴城久理子

ライター:鈴城久理子

01| フリーのWeb制作者から未経験の農家へ転身

正好さんがほれ込んだ風景。標高200mに位置する七曲集落からは、美しい有明海を一望できる 正好さんがほれ込んだ風景。標高200mに位置する七曲集落からは、美しい有明海を一望できる

福岡市と長崎市の中間にあり、有明海や多良岳(たらだけ)など雄大な自然に面した佐賀県鹿島市。広さ112.12平方㎞に27,322人(令和6年8月末現在)と人口は多くはないものの、江戸時代には佐賀藩の支藩の城下町だったことから、歴史的な遺産や伝承芸能なども数多く残っています。

鹿島市内で一番有名とも言われる人気スポットの「祐徳(ゆうとく)稲荷神社」 鹿島市内で一番有名とも言われる人気スポットの「祐徳(ゆうとく)稲荷神社」

地元民から「イチオシの観光地」と推されているのは、300年以上の歴史を誇る「祐徳稲荷神社」。日本三大稲荷の一つとも称されており、国内外から年間300万人の参拝客が訪れているのだそう。漆塗りの華やかな社殿が特徴で、奥夫妻のイチオシスポットでもあります。

鹿島市の特産品としても有名なみかん 鹿島市の特産品としても有名なみかん

奥夫妻が住むこのエリアは、みかんの栽培が盛ん。有明海の潮風を浴びて育てられたみかんは、毎年10月から翌年の2月にかけてシーズンを迎えます。集落のあちこちでたわわに実る鹿島みかんは、甘くてジューシーな味わいが自慢です。「今僕たちがそばを育てている農地は、もともとみかん農家の農地だったんです」。

カフェでは、未経験者でも気軽に本格的なそば打ち体験に挑戦できる(事前予約制) カフェでは、未経験者でも気軽に本格的なそば打ち体験に挑戦できる(事前予約制)

正好さんがこの鹿島市に移住したのは5年前。「取引先の社長さんからお話をいただいたとき、実は冗談まじりで『いいですね』なんて答えていたんです。農業は定年後にやってみたいな、くらいにしか思っていませんでしたから。でも実際に訪れて標高200mから有明海を一望したとき、景色に惚れこんでしまって。それで移住を決意しました」。現在は夫婦二人三脚でそばを育て、「かしま自然農園」という屋号で活動中。そばを使った「そば粉スイーツ」を提供するカフェを経営しつつ、そば打ち体験など、そばに関する活動を精力的に行っています。

02| 直感で決断し、勢いで引っ越しを済ませる

秋に育てるそばは10月に開花。土壌の栄養によって成長具合が違うなど、常に発見の連続だとか 秋に育てるそばは10月に開花。土壌の栄養によって成長具合が違うなど、常に発見の連続だとか

美しい景色にほれ込み、ほぼ直観で決断して勢いで移住したという正好さん。幸いなことに不安や悩みはほぼなかったと言います。移住の際には鹿島市からの移住支援金(単身)60万円を活用し、経済的な負担を軽減しました。そして何より幸運だったのは、移住1年後に同じ価値観を持つ理沙さんに出会えたこと。それは、偶然にも以前住んでいた福岡市での出会いでした。今では家庭内はもちろん、「かしま自然農園」のかけがえのないパートナーとなっています。

03| 親戚ができたような安心感と温かさ

近所の農家からおすそわけしてもらった赤目の里芋。赤みがかった皮が特徴 近所の農家からおすそわけしてもらった赤目の里芋。赤みがかった皮が特徴

畑では野菜も栽培。愛らしいミニ大根は、ぬか漬けなどにして楽しんでいるそう 畑では野菜も栽培。愛らしいミニ大根は、ぬか漬けなどにして楽しんでいるそう

移住後、そばづくりにひたむきに取り組むことで、七曲集落の人々との距離も少しずつ変わってきたそう。「住み着いた当初は近所の方々から距離をおかれていましたが、徐々にその距離が縮まってきました。最初は『何をしに来たんだ、この青年は。どうせすぐにあきらめるだろう』と思われていたようで、結構冷たい視線も浴びたりしました。でも1年ぐらいすると180度態度が変わって、応援してくれたり、協力してくれたりするようになりました。ときには、農家の方が野菜をおすそわけしてくれることもあるんですよ。田舎だからこその人と人の距離の近さが、僕たちにとってはとても居心地がいいですね」。

カフェの看板娘「ふりかけ」ちゃんの両手にみかんをのせて。だら~んとした態度でも、立派な営業なのだとか カフェの看板娘「ふりかけ」ちゃんの両手にみかんをのせて。だら~んとした態度でも、立派な営業なのだとか

居場所が少しずつ確立するにつれ、集落の人々が自分の家族のように可愛がってくれるようになりました。「まるで、優しい親戚がたくさんできたような感覚です。ここは年配の方も多く、『飲みニケーション』といった昔の文化など古い考えの方が多いのですが、それが心地よいんです。福岡市に住んでいたときには、マンションの隣人とはあいさつ程度でよく知らない方ばかりでしたから」。

地元の老人ホームの人々が、そばの花を見に来たときの様子 地元の老人ホームの人々が、そばの花を見に来たときの様子

地元の人々にとっても、奥夫妻の存在はかけがえのないものとなっているようです。「移住したことで、社会に対して自分たちが貢献できる実感を得ることができました。以前、地元の老人ホームのおじいちゃんやおばあちゃんがそばの花を見に来てくれたことがあったんです。身体の状態もあり、車内からの花見だったのですが、花を摘んであげたらとても喜んでくれて……。こういう形で社会の役に立てるのが本当に嬉しいですね」。

04| そばづくりを軸としてさまざまな事業を展開

初めてのそばの収穫では、地元の農業委員会の方々が手伝いに来てくれた 初めてのそばの収穫では、地元の農業委員会の方々が手伝いに来てくれた

「かしま自然農園」ではそばに関わる事業を多角的に経営。飲食業やネットショップ、耕作放棄地の再生、宿泊施設など多岐に渡ります。活動の軸となるのはもちろんそばづくり。農地で育まれたそばは、収穫から天日干し、脱穀、唐箕(とうみ)がけ、水分調節、脱皮、製粉という7つの過程を経てそば粉となっていきます。この過程に欠かせないのが、中国で開発されたという「唐箕」。持ち手を回して風を起こして脱穀後のゴミや殻を飛ばす機械で、この伝統的な方法を用いてそば粉にしています。

そば粉100%のシフォンケーキに生クリームをかけた、その名も「クリーム生シフォン」 そば粉100%のシフォンケーキに生クリームをかけた、その名も「クリーム生シフォン」

そば粉のシフォンケーキを焼いて雲仙ハムやチーズ、はちみつをトッピングした「焼きシフォン」 そば粉のシフォンケーキを焼いて雲仙ハムやチーズ、はちみつをトッピングした「焼きシフォン」

こだわりのそば粉を使ってスイーツメニューを開発しているのは主に理沙さん。シフォンケーキのスイーツやそば粉ブラウニー、そば茶を練り込んだプリンなど、アレンジを楽しみながら自分たちらしさを求めて奮闘中です。出来上がったスイーツは、カフェの「そば粉のスイーツ専門店 Tora&Shika」をはじめ、マルシェや卸売りなどで販売しています。

そば打ち体験に参加した親子。そば打ちセットが用意されているので、手ぶらで行ってもOK そば打ち体験に参加した親子。そば打ちセットが用意されているので、手ぶらで行ってもOK

カフェではゆでたそばの提供はなく、そば打ち体験者のみ自分で打ったそばを味わうことができる カフェではゆでたそばの提供はなく、そば打ち体験者のみ自分で打ったそばを味わうことができる

カフェでは予約制でそば打ち体験も行っています。鹿島市の大自然で育ったそばの実を石うすで挽くことから、自分で打ったそばを食べるところまで体験できます。さらにそばスイーツ付きとあって、地元はもとより観光客からも大人気なのだとか。ほかにも、耕作放棄地を活用したキャンプ場や古民家を利用した宿泊施設の運営も行っています。

はしごを取り付けたら、看板娘が昇り降りするように。キッチンでは理沙さんが作業中 はしごを取り付けたら、看板娘が昇り降りするように。キッチンでは理沙さんが作業中

古民家を借りて自分でも手を加えたカフェは、自宅兼事務所でもあります。改修工事は業者さんに任せたものの、柱を切り落としたり床を張り替えたりと、少しずつ自分たちの想いを形にしていきました。正好さんは大工の経験もあり、改修工事をお願いした業者に教えてもらいながら作業をしていったそう。

インターンシップで来ていた学生二人が開発した「そば粉と米粉のパンケーキミックス」。ネットショップで発売中 インターンシップで来ていた学生二人が開発した「そば粉と米粉のパンケーキミックス」。ネットショップで発売中

ユニークな活動のひとつが、学生のインターンシップの受け入れを行っていること。2年前のインターンシップでは、1か月限定で二人の学生を受け入れました。「最初はうちなんかに来て何か学べることあるのかなーって思って心配していたんです。でも教えたことを何十倍にも膨らませて自分たちの意志で行動して、スイーツの卸先を見つけてきたり新しい商品のアイデアを形にしたりとちゃんと成果を出してくれました」。

地元の佐賀テレビをはじめ、雑誌などに取り上げられることも増えてきた 地元の佐賀テレビをはじめ、雑誌などに取り上げられることも増えてきた

そば農家としての活動を進めていくなかで、少しずつ応援してくれる人が増えていることが何よりうれしいと語る二人。地元のテレビ局や雑誌で取り上げられるほか、他県でのイベントに出店することも。さらにそばだけでなく、お米の栽培にも挑戦。苗代や肥料代、農薬代、精米代などを捻出するため、クラウドファンディングで資金を集めることにも成功しました。今後は、みかんに関する事業や地域のブランディングコーディネートなどの事業も予定しているとか。

美しい景色の中で、大自然と対峙しながらおいしくて安全なそばづくりを目指す 美しい景色の中で、大自然と対峙しながらおいしくて安全なそばづくりを目指す

「今のところ、ここ鹿島市にずっと住もうと考えています」と話す奥夫妻。最後に移住を考えている読者にメッセージをもらいました。

「どこへ移住するかによっても変わると思いますが、景色や町の雰囲気など自分にとって欠かせない感覚を大切にして移住先を選んで欲しいですね。われわれは移住して5年目ですが、この景色と集落の人々とのつながりは宝物のようで絶対に失いたくないものになっています。山間に住んでいても、車で10~15分以内にスーパーもコンビニも温泉もあるので不便に思うことはありません。利便性や家、土地よりも、環境やそこに住む人々の人柄といった変えることのできない部分にこだわって決めるのをおすすめします」。


※奥夫妻のインスタグラムと公式HPはこちら!
https://www.instagram.com/soba.okumasayoshi/
https://kn-farm.co.jp/

05| まとめ

「地元の人々とのつながりが宝物となる」。そんな移住こそ、何にも代えがたい幸せなのかもしれません。

鈴城久理子

この記事を書いた人

鈴城久理子 ライター

雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。

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