住む人のストーリーやヒストリーを
具現化するアートを住まいに取り入れて
自分らしい、生き生きとした空間を完成させる
今回のテーマは「アート」です。そもそもアート(芸術)の定義とは何でしょうか。大辞林によれば「特殊な素材・手段・形式により、技巧を駆使して美を創造・表現しようとする人間活動、およびその作品」と、あります。この定義にも沿う、私も大好きな住宅が、オランダのユトレヒト市内にあります。オランダ人建築家ヘリット・リートフェルトが設計した「シュレーダー邸」です。
「シュレーダー邸」(1924年)は、リートフェルトが夫を亡くしたトゥルス・シュレーダー夫人と3人の子どもたちのために設計した住宅で、芸術運動「デ・スティル」を象徴する建築。「人間の想像力が生み出した傑作」「西洋建築の歴史上の重要かつユニークな象徴」という理由により2000年にユネスコの世界遺産に登録された。
ヘリット・リートフェルトは、画家のピエト・モンドリアンも参加した、調和と統制の理想のあり方を追求し、あらゆる歴史主義からの脱却を目指したアート・ムーブメント「デ・スティル」の一員で、それを建築で具現化したのがリートフェルトの「シュレーダー邸」です(その活動を絵画で実現したのがモンドリアンでした)。水平・垂直、3原色と白と黒とグレーの配色を用いるという「デ・スティル」の象徴的なエレメントによる構造、フレキシブルで遊び心に満ちた(2階はワンルームから3つの個室とLDKに分けられる、など)建築です。リートフェルトの家具職人としてのアイデアも満載でまさに“暮らせるアート”なのです。
私は住宅を設計する際に、住み手の“自分らしい住まい”をつくるために、そのストーリーやヒストリーを大切にしています。「シュレーダー邸」は憧れの住宅ですが、その根底にある住む人らしさが感じられる豊かな空間は、私たちにも実現可能で、それを具現化できるものの一つがアートだと考えています。住宅に「アートを飾りたい」というリクエストは多く、クライアントには好みだけでなく、価値観や飾る目的など、さまざまなことを伺います。アーティストが制作した作品はすばらしいですが、旅先で拾った思い出の小石、家族の写真、子供の描いた絵など、それらを上手に設えれば住まう人自身による素敵なアートになります。
住まいにアートを取り入れるにはどんな方法があるのか、実例とともにお話ししましょう。
家に代々伝わる美術品・家具を飾る
家族の歴史や思い出が詰まった美術品などの品々がある場合、それらをインテリアとして、あるいは空間の一部として取り入れることを設計の段階から考えます。新しい住宅に時間の流れやストーリーが生まれ、住み手らしさの感じられる心地よい空間に。
1)代々継承してきた伊藤博文の書や桜の屏風をアートに
作品に合わせソファやベッドをデザインして組み合わせることで、家の“ヒストリー”をモダンな設えに。
住む人のコレクションを飾る
気に入って集めたアートなら、その作品を飾り、日々眺めるだけでも幸せな気持ちになるはずです。それらのジャンルやサイズ、色調などを事前に確認して、飾る場所を考えます。お気に入りのアートで空間が生き生きとしてくるはずです。
2)住み手が集めたコレクションがさまざまなストーリーを語りかけてきます。
アーティストに依頼する
「好きなアーティストの作品=フィーリングや価値観の表れ」でもあるので、自分らしさを飾ることにもなります。アーティストに直接、アートを依頼することも可能です。立体の作品も含め、その作品が映えるスペースやコーナーをつくり、作品を照らす照明も工夫することでよりドラマチックな印象に。
3)和紙作家、堀木エリ子さんに依頼。3人家族を3回転する帯で表現したオリジナルアート。
ギャラリストや建築家に依頼する
アートを配置する空間が決まっている場合、アートのプロであるギャラリストなら住む人の価値観や好みを理解して、無限にあるアート作品の中から最良の作品を選んでもらうことができます。
4)この住宅の建築中に、ギャラリストがアートを選定。リビングに飾る写真作品が決まり、飾る場所を検討した際に、急きょ作品に並べて窓を開けることにしました。写真の町の風景と窓から見えるリアルな町の風景がリンクしてより印象的に。ピクチャーウインドーもアートに見立てています。
5)クライアントからの依頼を受けて私が選んだ作品。インテリアのカラースキームを基本にアートを選び、家具をデザインしました。インテリアとして、カジュアルなアートを気軽に購入できる店も増えています。
身近なもの、子どもの描いたものを飾る
ピカソが88歳のときに「ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ」と、語ったことはよく知られるところ。無垢な心で描かれた子どもの絵はとても魅力的な、思わず笑顔になるアートです。家族の思い出にもなります。子どもの絵も額装をすればストーリーとヒストリーのあるアートになります。
人の手から生み出されるアートには、作家の思い、ストーリーやヒストリーが必ずあります。ですから、アートは空間に力を与えてくれるのです。
アートのある空間で暮らすことで、より自分らしく、より豊かな暮らしが実現できるのではないでしょうか。