「フーパー邸」はアメリカの東海岸、メリーランド州の最大都市であるボルチモアの郊外に立つ名作住宅です。敷地面積2万8000平方mと広大な木々に囲まれた土地を、近くのドライブ・ウェイから見ると、住宅ではなく壁が2枚立っているだけに見えます。上空から見ると、長方形の建物の真ん中に四角の中庭があるのみというシンプルさ。
アプローチから壁に向かっていくと、地元産の石材を積み上げた石壁の真ん中に、アーチ状の玄関が空いています。天井高2.6mほどの薄暗いガラス戸の玄関をくぐると、ナラの樹のある100平方mほどの中庭が。中庭の奥の石壁には額縁のような開口部があり、その先の森が見通せるようになっています。
ブロイヤーの建築設計には、モダニズムだけでなく「二つの核」を意味する「ビヌクリア」というコンセプトがあります。フーパー邸もビヌクリアのコンセプトを反映し、中庭を挟んで両側にパブリックな空間とプライベートな空間が置かれる構成です。玄関から中庭を見て右側は客人を招く居間や台所、食堂から構成されるパブリックな空間。左側は家族用の居間や主寝室、子ども部屋、客室から構成されるプライベートな空間です。いずれの間取りも四角形を基本としており、とてもシンプル。なお、家族のための居間は壁に窓がなく、天窓から光が差し込むようになっています。パブリックとプライベートを中庭で分けることで、ストレスなく生活ができるようになっているのです。
ブロイヤーは、フーパー夫妻から、湖畔に面し樹々に囲まれたこの敷地を紹介されたときに、自然の中に向けて住宅を開くことも考えたそう。フーパー邸を設計する数年前には、バウハウスの校長を務めたモダン建築の巨匠・ミースが、ガラス張りの「ファンズワース邸」を完成させています。しかしブロイヤーは、ガラスだけでなく、メリーランド産のフィールドストーンで壁を作り、中庭と壁に森を望む開口部を設けて自然を取り込むようにしました。これにより、家族がより濃密に自然と関係を結べるようにしています。モミのある中庭は、落ち葉を拾うなど、手をかけて植栽を維持していたようです。慈善家として知られるフーパー夫人は、晩年までこの家で過ごしました。自分で手を掛けられる自然な植栽がお気に入りだったのかもしれません。