縁もゆかりもなかった街にちょっとしたきっかけで移り住み、新たなスタートを切る。そんな思い切りのいい移住のしかたもあります。今回ご紹介するゆーこすさんは、まさにそのパターンでした。コロナ禍での家探し、土地勘も人脈もない見知らぬ土地での新しい暮らしは、どんなものなのでしょうか?
ライター:鈴城久理子
CONTENTS
01| ストレスの多い都会から脱し、ライフスタイルを模索
のんびりとした日本の原風景は、都会でのささくれ立った心を癒してくれた
東京から西へ約193㎞、名古屋から東へ約173㎞。京浜と中京のほぼ中間に位置し、東は駿河湾を望み、北は静岡市と接する焼津市。70.31平方キロメートルに135,725人(2024年3月末現在)が住み、日本でも有数の港町として知られています。この「焼津」という地名は、日本武尊(ヤマトタケル)が東征の途中で野原を焼いたことに由来すると言われています。
3年前、埼玉県で生まれ、東京に長く住んでいたゆーこすさんが、この歴史深い街に引っ越したのは、転職がきっかけだったといいます。
地元民が誇る「富士山ビュー」。見る場所や季節、アングルによって多彩な姿を楽しむことができる
焼津市のシンボリックな眺めといえば、何といっても美しい海や雄大な富士山。ゆーこすさんもその景色を日々楽しんでいます。3つの港を有し、日本屈指の水揚げ量を誇る焼津市。新鮮な魚介類をはじめとするご当地グルメも豊富で、全国から旨いものを求めて訪れる観光客もたくさん。
「焼津港」「小川港」「大井川港」の3つの港がある焼津市
今では焼津の豊かな自然に囲まれてのんびり暮らしているものの、東京で生活していた頃はまったく余裕がなかったとか。「満員電車に揺られたり、どこへ行っても人がいっぱいで混雑していたり、心身共にストレスを抱えていました」と当時を振り返ります。「焼津へ来てからの休日は、海を眺めながら本を読んだり、ふらっと川沿いを散歩したり。のんびりとした過ごし方ができるようになって、短時間でもかなりリフレッシュできるようになりました」。
任されたのは、焼津駅前にある「PLAY BALL! CAFE」というカフェ&コミュニティスペースの運営だった
都会での暮らしをリセットし、自分の望むライフスタイルをつくるきっかけとなったのは、現在勤める会社の社長からのオファーでした。「このままではいけないと考えていたとき、焼津市出身の社長さんから、焼津に新たなコミュニティの拠点をつくるためのスタッフにならないかとオファーをいただいたんです。それまでは焼津には縁もゆかりもなかったので、地図で場所を調べるところからスタートしたくらい。でも、何かのきっかけがあれば知らない街に住んでみたいとずっと思っていたので、よい機会だと思い、飛び込んでみることにしました」。
02| コロナ禍のうえ、土地勘も人脈もなし。 でも結果オーライに
海、山、川の自然が身近に揃い、人のあたたかさを感じさせる街
直感で縁もゆかりもない街に移住を決めたものの、腰を落ち着けるまでがひと仕事。当時はコロナ禍だったうえ、土地勘もなく、人脈もなし。あちこち移動したくても車も持っていなという、ないない尽くしのスタートだったといいます。それでもうまくいったのは、ゆーこすさんの行動力とバイタリティのたまものでした。
「当時はコロナ禍だったため、家探しはビデオ通話で内見する方法を取りました。土地勘も人脈も行ってからつくればいいかな、と思っていたんです。車がなくても自転車で充分回れる街のサイズだったのもよかったですね。結果オーライで、特に困ったことはなかった(笑)。ただ、移住する際、自治体からの支援があることを知らなかったので、ちゃんと調べて利用すればよかったなと後悔しています」。
03| ちょうどよい田舎暮らしで、のんびり過ごす楽しみを実感
移住後の新生活は愛犬のむぎと一緒にスタート。毎日の散歩ものんびりと
友人の車で近隣の島田市へドライブ。縁起のいい「合格駅」のホームで記念撮影
移住後は暮らしも仕事もペースダウン。「ここはとにかく人があたたかい街です。UターンやIターンで移住された方も意外に多く、移住者を快く受け入れてくれる空気があります。また、海・山・川の自然が近くにありながらも坂は少なく、スーパーやコンビニも近くにあって、自転車でも快適に暮らせるほどよい田舎だなと実感しています」。
焼津市にある「地魚定」で、新鮮なまぐろに舌鼓を打つ
近所にある古民家カフェ「あたびーカフェ」で昔懐かしいプリンを満喫
昭和レトロな外観の「新村こうじや」はお気に入りのお店。夏の風物詩がこのお店のかき氷
友人と近隣の街へドライブしたり、近所のお店でご当地グルメを思う存分楽しんだり。趣味のカメラをいつも持参し、料理やスイーツ、景色などを撮影してはインスタグラムに投稿しています。ちょっとしたすきま時間を楽しむ余裕ができたのも、ここ焼津に移住したからこそなのかもしれません。
04| 移住後はカフェを運営。地域を盛り上げる仕事も
この日は月に1回、和装でお店を切り盛りする「月1着物カフェ」
移住後は、カフェ&コミュニティスペース「PLAY BALL! CAFE」の運営のほか、Webサイトの運営や地域を盛り上げる仕事のディレクションなどに携わることに。カフェではさまざまな企画を提案し、月に一度、和装で働く日を設定するなどユニークな試みも。この4月からは産休に入ったため、カフェはいったんクローズ中。
今年3月、カフェのコミュニティスペースで行われた写真展「あなたのプレイボール!展」
今回の写真展は、ゆーこすさんが運営するカフェの締めくくりに合わせて開催された
カフェのコミュニティスペースでは、アート作品の個展や屋台を並べたマルシェ、ワークショップ、交流会なども開催。3月には、産休に入るゆーこすさんの仕事の締めくくりとして、オープンから2年半を振り返る写真展を8日間にわたって開催。たくさんの出店者や来場者に支えられ、大盛況のうちに幕を閉じました。産休中はカフェをいったんクローズし、レンタルスペースとして地域を盛り上げることになっていくそう。
カフェスタッフや常連のお客様との集合写真
移住後、人生の転機となったのがこの「PLAY BALL! CAFE」。この名前には「一歩踏み出して何かを始めることを応援するネットワークでありたい。人生の『プレイボール』を応援する拠点でありたい」という想いが込められているのだそう。まさにその通り、ゆーこすさんの「プレイボール」を後押ししてくれる存在となりました。
写真の被写体にぴったりなスポットやものが多いのも魅力
焼津がすっかり居心地のいい場所になってしまったものの、またきっかけがあれば違う街にも住んでみたいと話すゆーこすさん。「寒さに弱いので、次に住むのもあたたかい街がいいなと思います」。また、移住についてのアドバイスをお聞きしてみると……。
「移住は思いきりが大事。ネットであれこれ調べるより、まず足を運んで街の人と話してみるのがおすすめですよ!」と答えてくれました。
※ゆーこすさんのインスタグラムはこちら!
https://www.instagram.com/_ucomzn_
05| まとめ
縁もゆかりもない街でも、「自分の選択を正解にしていけばいい」と、思い切って飛び込ん でみるのもアリかもしれません。ぜひ、そんなゆーこすさんの体験を参考にしてみてください。
この記事を書いた人
鈴城久理子 ライター
雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。