都会での暮らしに窮屈さを感じ、遠くないけれどまったく違った環境を求めて移り住む。末岡さんの移住は、まさにその形。渋谷という賑やかな環境から離れ、奥多摩の山々に連なる山間部のあきる野市へと暮らしの舞台を変えました。同じ東京とは思えない美しい自然と地域の人々との触れ合いを、思う存分堪能しています。
ライター:鈴城久理子
01| コロナ禍で一斉休校になり、移住先を検討
秋川渓谷のシンボル「石舟橋」。週末にはたくさんの観光客も訪れる
画像提供:あきる野市移住定住担当
都心から40~50km圏に位置し、比較的穏やかな秋川丘陵、草花丘陵に囲まれる平坦部、奥多摩の山々に連なる山間部から形成されているあきる野市。玄関口となっている秋川駅までは、新宿駅から快速電車で約1時間というアクセスのよさが魅力。「あきる野市は都内とは思えないほど山や川があり、生態系も豊かで自然を感じながら暮らせる場所。とはいえ東京都内なので、電車や車ですぐに都心に行くこともできます」と末岡さん。
都内で川遊びができることで人気の「秋川渓谷」。夏になると子どもから大人まで思い思いに川遊びを楽しむ
画像提供:あきる野市移住定住担当
あきる野三大祭りのひとつ「阿伎留(あきる)神社例大祭」。全国でも珍しい百貫を超える六角神輿が檜原街道沿いを練り歩く、迫力のある祭り
画像提供:あきる野市移住定住担当
応安6年(1373年)に創建された「広徳寺(こうとくじ)」。臨済宗建長寺派の古刹として堂々たる風格を漂わせる
画像提供:あきる野市移住定住担当
豊かな自然だけでなく、あきる野市は縄文時代から古墳時代の考古学研究史に残る遺跡が多く発掘されていることで有名。「広徳寺」をはじめとした歴史的なスポットも数多く点在しており、また伝統的なイベントも行われています。この73.47平方kmに79,449人(令和6年6月1日現在)が住む街に、末岡さんが定住したのは2022年のこと。それまでの2年間は渋谷区とあきる野市の2拠点生活をしていたといいます。「コロナ禍で一斉休校があったときに、心をゆるめて暮らせる場所を東京都内で探し始めました。そして見つけたのがこの街でした」。
年間を通してさまざまな農産物が採れ、新鮮な野菜や果物を身近で入手できる
画像提供:あきる野市移住定住担当
「特に市内の五日市(いつかいち)エリアは産直の野菜を買えるお店や無人販売所が多いんです。野菜がおいしく、生産者さんがとても近い感じがしたことも移住を決めた理由のひとつでした」。
「100日荘」には卓球台や漫画、ボードゲームなどがたくさん(写真左)。「ICHIJOフリッジ」というコミュニティフリッジ(公共冷蔵庫)に入っているおやつや食料は、近所の人がおすそ分けしてくれるものも多いのだとか(写真右)
移住後の2023年には、あきる野市五日市に「100日荘」をオープン。ここは、自宅や学校以外で心地よく過ごせる「第三の場所=サードプレイス」ともいうべき場所。行き場を求めている地元の子どもたちのセーフティネットのような場所を週2回ボランティアで開いています。
02| 子どもの小学校卒業までは2拠点生活に
2拠点生活中は、家族で渋谷区とあきる野市を行き来していた
移住を決心したものの、一つ大きな問題に直面します。それは子どもの気持ちでした。「子どもが学校の友達と離れるのが寂しいと言っていたので、小学校を卒業するまでは2拠点生活をすることにしました。中学校入学と同時に定住にしたのですが、やはり知り合いや友だちがいない環境だったため、慣れるのに時間がかかったようです」。
03| 豊かな自然とあたたかな地元民に囲まれて暮らす
秋川渓谷で釣りを楽しむなど、休日は家族で出かけることも増えた
あきる野に来てからはウェスタンスタイルの乗馬も始めたそう
新しい生活に慣れるまでに時間がかかったものの、少しずつ子どもものびのびと暮らせるようになりました。現在は、豊かな自然と温かな地元の人々に囲まれた日々を送っています。
8月には「ヨルイチ」というお祭りがあり、毎年地元の子どもたちが縁日を手伝ってくれるのだとか
かつては五日市街道の宿場町だった五日市の「市(いち)」を再現しようという試みで、2003年にスタートした「ヨルイチ」
画像提供:あきる野市移住定住担当
「あきる野市の中でも特に五日市はお祭りがとっても盛ん。地元の人々はもちろん、『100日荘』に来てくれる子どもたちも縁日とか手伝ってくれるんですよ」。
04| ボランティアで“まちのネオお休み処”を提供
「100日荘」の外観。JR武蔵五日市駅から歩いて10分ほどのところにある
「100日荘」は、子どもは無料で利用できるとあって、いつも子どもたちで賑わっています。開いているのは週に2回。「一年に100日くらいは、子どもたちがここでちょっと心をゆるめてのんびり過ごすことができたら」という想いで命名したのだそう。現在は100日荘のほか、月に数回は都心に戻り、こども食堂の調理のお手伝いをしています。
五日市活性化委員会が発行している地域新聞『五日市まちづくり通信』にも取り上げられた
「『五日市まちづくり通信』は100日荘でも配布しています。まだ2拠点生活を送っているとき、五日市活性化委員が主催している空き店舗ツアーに参加したところ、この物件に出合い、それがきっかけで『100日荘』を始めることになりました。その後、空き店舗ツアーに参加する人が『100日荘』にも寄ってくれるようになって、嬉しい循環の形ができました」。
この日は「フリーラムネ」というお楽しみを開催。毎週こども食堂も開催している
好きなものを読めるようにと、本やマンガを収集。手塚治虫の作品や『サザエさん』など懐かしいものから、最近のものまで幅広い選書
本やマンガ、レコードプレーヤーに冷蔵庫。居場所を求めて訪れる子どもたちが心地よく過ごせるようにと、さまざまな試みをしている末岡さん。いつもそこにあるのは、「希薄になりがちなごちゃまぜ感のあるつながりを取り戻し、気楽に支え合えるようにしたい」という居場所づくりです。あきる野市に移住したことでそんな場所づくりが実現しました。
この日は子どもたちとお味噌の仕込み。楽しみながら“食”に携わってもらうことも目的の一つ
「100日荘カフェ」という日を設け、年代問わず多世代で食卓を囲むことも
「自分のためにごはんを作る力を養えるような機会も、定期的につくっています。ごはんをつくって一緒に食べれば、小学生も中学生も高校生も大人もおばあちゃんおじいちゃん世代も自然とつながれる。初対面の人同士がおしゃべりしながら食べる。そんなことが、気づけばセルフケアにもつながっていたというのが理想だな、と思いながらやっています」。
毎月武蔵五日市駅前で開かれている「五日市マルシェ」には、「100日荘」も出店
「このまちの魅力は、手軽に都心と行き来しながらもオンオフのスイッチが切り替えやすい地域だということ。川遊びをしたり、乗馬をしたり、トレッキングをしたりなど、自分に合った自然の中でのさまざまな過ごし方が選べるのもいいですね」。
岡生地に本染めというオリジナル手ぬぐいも制作。「100日荘」で販売中
末岡さんに、今後住んでみたいところをお聞きしました。
「あきる野市が気に入っていますので、別の場所に移住したいという気持ちはまだありません。でも、もし移住するなら神戸市長田区がいいですね。そこで長屋暮らしをしている友人がいて、ゆるやかにご近所の方々とつながっている自然体の暮らしぶりがとても素敵なんです。なので、長田に住んでみたいです。東京の島しょ部もいいな。伊豆大島とか」。
※末岡さんのインスタグラムはこちら!
https://www.instagram.com/100_nichi_so/
05| まとめ
居場所づくりを通じて地元の人々とつながることで、移住した喜びを実感する。そんな生き方も、ぜひ参考にしてみたいものですね。
この記事を書いた人
鈴城久理子 ライター
雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。