「シーランチ・コンドミニアム」は、西海岸カリフォルニア州ソノマ郡、サンフランシスコから約160kmの、太平洋を望む荒涼とした牧草地の断崖の上に張り付く名作住宅です。シーランチとは、直訳すると海の牧場という意味で、太平洋の断崖に沿った約10マイルの細長い土地を開発するプロジェクトのこと。シーランチ・コンドミニアムは、シーランチにおける最初の共同住宅でした。海沿いの牧草地を買った不動産開発業者のアル・ボークは、環境を保護しつつ住宅開発を進めるため、景観設計家のハルプリンにシーランチの生態系や天候を約1年にわたって調査させています。この調査を元に、チャールズ・ムーアと仲間たちのユニットMLTWは、自然と融合する建物を設計しました。
MLTWは昔からこの牧草地にあった納屋から着想を得て、軒(のき)や樋(とい)を省いた斜め屋根で、10戸のユニットで中庭を囲む、地形に沿った共同住宅を設計します。建築材料は、周辺に育つレッドウッド(杉の仲間)を使うこととしました。軒や樋を無くし、斜め屋根としたのは、太平洋から吹き付ける潮風を受け流すためです。出っ張りがなく、地形の傾斜に沿って斜めになっているため、その姿は遠方から見るとまるで崖の岩のよう。北西からの湿った風に晒された木材の風合いも風情があります。また、海に面した窓は全てはめ殺し。風に飛ばされることがないようにされています。
キッチンの壁タイルは紅白と白黒の大きな格子模様。4本の柱の上のスペースに置かれた寝室のベッドには可動式のテントが掛かっていて、家の中にいながらアウトドアの雰囲気を楽しむこともできます。さらに、全てのユニットには断崖と海を据え付けのソファから望める大きな窓「ベイ・ウィンドウ」が設けられています。ベイ・ウィンドウは、このコンドミニアムが真正面から厳しい自然に立ち向かいつつ、共存していることを示す特等席です。
チャールズ・ムーアはシーランチ・コンドミニアムの設計が高く評価され、後にアメリカ合衆国建築顧問にまで昇り詰めます。ムーア自身もコンドミニアムの1戸(ルーム9)を別荘として保有していました。建物の立つ場所の文脈を理解し、適合する設計を手掛けてきたムーアにとっても、シーランチ・コンドミニアムは特別だったのでしょう。