娘にアトピーやアレルギーがあったことから食を見直し、自分たちが食べるものを少しでも自分たちの手で生み出せるようにする。そんなミッションを自らに課し、埼玉県入間市から北海道勇払郡厚真町(ゆうふつぐんあつまちょう)へ移住したわたなべさん家族。現在は大好きなにんにくを栽培する農家を目指して奮闘中です。試行錯誤しながらも新しいことへ挑戦していく、そんなわたなべ家の移住ストーリーを紹介しましょう。
ライター:鈴城久理子
01| 娘のアトピーがきっかけで食を見直すことに
自然の中で元気いっぱい駆けまわるわたなべ家の一人娘
一人娘の健康とこれからの生き方を考え、自然豊かな北海道の地に移住。移住先は404.61平方kmに4,246人(令和6年9月末現在)が住む小さな町でした。「毎年のように起きる大雨や気候変動が地球規模で進むのを目の当たりにし、自給できることを増やしながら生きていきたいと考えたんです。それまで夫は公務員でしたが、これから娘が生きていく環境を思ったとき、迷い失敗しながらも挑戦し生み出していく背中を近くで娘に見せていけたら……そんな想いもありました」。
厚真町内には駅が一つだけ。海のそばにあり、レトロな建物のデザインも印象的
わたなべさんがこの土地を選んだのは、自給自足を目指しやすかった点だけでなく、ほかにも理由がありました。それは立地条件と利便性の高さだったそう。「夫も私も海なし県で育ったので、海のある市町村に暮らしてみたいと思ったんです。また、帰省時のことを考えて新千歳空港や苫小牧フェリー乗場にアクセスがよいところを選びました。私たちが住んでいるところからはどちらも車で40分くらいと、意外に近いんですよ。農業をするうえでも暮らしの面でも、年間の積雪量がそこまで多くないこともポイントでした」。
毎年6月に行われる「あつま田舎まつり」。パレードやステージショー、抽選会などお楽しみが満載
氷からつくったアイスキャンドルに火を灯し、神秘的で幻想的な灯りを楽しむ「ランタン祭り」
移住して2年7か月。それほど経っていないものの、一家で厚真町ならではの楽しみを満喫中。地元ではさまざまなイベントが開催されていて、田舎まつり音頭のパレードや花火大会など催しものが盛りだくさんの「あつま田舎まつり」、そして冬の風物詩となっている「ランタン祭り」は家族の年中行事になっています。
02| 両親や知り合いと離れることに寂しさを感じる
厚真町に引っ越す3日前に、埼玉でお世話になった方との記念撮影
自ら望んだ移住だったものの、実は悩みもあったと言います。それは、地元に残していく両親のことでした。「私の実家は長野、夫の実家は埼玉。歳を重ねていく両親を残していくことが心残りでした。孫と過ごせる時間を減らしてしまうことも……。自分たちのやりたいことが明確になっていくにつれ、移住の最終決断に悩みました」と当時を回想します。
悩みに悩んだ末、やはり移住を決意。移住先に決めた厚真町は、海も山もあって自然が近く、人口約4,000人ちょっとという規模が、子育ての環境としてもよかったと言います。そして、なりわいとして選んだのがにんにく栽培でした。
ほかの食材を引き立たせる存在であるにんにくは、いろんな可能性を秘めていると感じているそう
「もともと私たちはにんにくが大好きなんです」とわたなべさん。「厚真町ではにんにく栽培は盛んではなかったのですが、夫が地域おこし協力隊の制度を利用できることになり、農業研修後はにんにくの栽培が可能だった点も厚真町を選んだ大きな理由です。市町村によっては栽培する作物が指定されている場合もあります。自分たちが育てたものを道内だけでなく友人や家族の暮らす本州へも届けたかったのもあり、発送しやすいという面でもにんにくは魅力でした。栽培するだけでなく加工品をつくることも考えていたので、いろんな食材と掛け合わせたときに新たなおいしさを生み出してくれるだろうという期待もありました」。にんにく農家を選んだ理由を、そう語ってくれました。
03| 食いしん坊にぴったり! おいしいものの宝庫
小さな畑で家族がよく食べる野菜やハーブを栽培。サラダにしたり、サンドイッチにしたり
にんにくを収穫後、小さなものは間引きして、その葉を納豆づくりに生かしているそう
畑に草むしりに行って「あれ? そろそろかな?」と試し掘りしたじゃがいも。農家の友人から購入したとうもろこしと一緒にオーブン焼きに
ハーブや葉野菜、じゃがいもなど、自分たちで育てられるものは楽しみながら自給を増やしているわたなべさん一家。食の大切さと喜びを実感しているところです。さらに自宅での食事だけでなく、外出時にもおいしいものを探すのに余念がありません。「各地においしいものがある北海道は、食いしん坊でお出かけ好きなわが家にぴったり。北海道は本当に広く、まだまだ訪れたことのない地域ばかりなので、その土地ならではの食をこれからも堪能したいです」。
友人宅で栗拾い。そのお礼には友人の好物のベーグルを焼いてお返し。こんな物々交換も田舎暮らしならでは
友人宅の裏山を散策させてもらい、さまざまな種類の山菜を収穫。みんなで料理してテーブルを囲むことも
「友人宅の裏山で春には山菜採り、秋には栗拾い。近所の人からのおすそわけもたくさん。夏になると食べきれないほどの野菜や、秋にはいろんなきのこをいただいて。自然が近く季節を感じられる暮らしは、私たちにとって本当に心地いいんです」。
その時々に採れる野菜を中心に、地域のみなさんとごはんづくりを楽しんでいる
「採れたものを分け合ったり、食べ物以外にも趣味を分かち合ったり。まわりのみなさんとつながれたことで、自分たちだけでは決してできなかった豊かな暮らしを送っています。移住を決断して本当によかったと思っています」。
04| にんにくを育てつつ、イベントなどにも参加
にんにくの収穫時期は7月。地面から抜き取り、上部と根を切ってまわりの薄皮をむいて乾燥させる
にんにくの植え付けや収穫時期はお手伝いをSNSで募集。まわりのみなさんの助けを借りて作業を進めている
にんにく栽培を続けるにあたり、農作業を手伝ってもらい、無償もしくは野菜や食事などお金ではない形でお礼をする、「援農」という形を実践中。「援農は北海道ではまだなじみのない形なのですが、参加してくれるみなさんと一緒に農作業をすることで、そこからつながりや、ゆるやかなコミュニティが生まれるんです。埼玉で暮らしていたとき、私たち自身が援農に参加したこともあり、実際に体感したその豊かさを北海道の地でも形にしていきたいです」。
娘のアレルギーをきっかけに卵、乳製品を使わない焼き菓子やベーグルを焼くようになった
「厚真の食卓」というタイトルで開催したイベント。収穫したにんにくを使った料理やパンをふるまった
にんにく農家を目指して奮闘するかたわら、アレルギーなど同じ悩みを持つ人たちと一緒に食を楽しみたいと考え、さまざまな食のイベントにも参加。海外のようにヴィーガン(完全菜食)やプラントベースフード(植物由来の食べ物)といった選択が、より日常的になったらいいなという思いもあり、自分の得意分野を広げたいと考えました。「畑で採れたものをベーグルや焼き菓子の素材にしたり、にんにくと道産食材を掛け合わせてシンプルな材料でつくるおいしい加工品を生み出したり。北海道内外問わず、たくさんの方に届けていきたいと考えています」。
東京ミッドタウン八重洲で行われた「森、土、海に帰ろうじゃないか、北海道農林水産移住のすすめ」というイベントで、ご主人が登壇した
教育委員会からの依頼で地元のふるさと教育に参加。巨大な草のロールを運ぶ作業など、土づくりの部分から小学生に伝えた
東京のイベントで登壇したり、地元の子どもたち向けの学びの場に参加するなど、さまざまな形で地域と関わるようになりました。都内でのイベントでは移住という選択を検討している人々へ向けてリアルな声を発信し、ふるさと教育では普段なかなか目に見えない生産する側や提供する側の想いや努力を伝えました。
にんにく栽培に家族一丸となって取り組んでいる
厚真町での暮らしにようやく慣れてきたいま、家族みんなが好きなことをして笑顔で過ごせていることがうれしいと語るわたなべさん。最後に、経験談にもとづくアドバイスをもらいました。
「『きっと大丈夫』。そう背中を押してくれるだろう人のところへ、私たちはよく出向いていたと思います。移住は生活のすべてががらりと変わります。ただでさえ不安があり、どうしてもやらなくてはならないことではないので、肯定してくれる人を無意識に求めていたのかもしれません。話す相手によってアドバイスはまるで変わるので、誰かに否定をされても 肯定してくれる人が必ずいます。そして自分たちの覚悟が決まると、物事が一気に動き出し、その後は不思議と何とでもなっていきますよ」。
※わたなべさんのインスタグラムはこちら!
https://www.instagram.com/watanabesanchino/
05| まとめ
「覚悟が決まると物事が動き出す」。まさにその通りかもしれません。まずは自分の気持ちときちんと向き合うことが、移住の第一歩となるようです。
この記事を書いた人
鈴城久理子 ライター
雑貨紹介や料理、インテリアなど暮らし系の記事を中心に執筆することが多いライター。ただいまメダ活実践中。